20175 変革のための連携 世界銀行グループ 総裁 ジェームズ D.ウォルフェンソン 年次総会スピーチ 於:米国、ワシントン D.C. 1999 年 9 月 28 日   世界銀行グループと国際通貨基金(IMF)の年次総会にようこそご出席下さいました。   まず、マヘシュ・アチャルヤ議長に感謝の念を表明いたします。議長のネパールでの活 動は、私が今日お話をしたいと思っている多くの問題に対する深い理解を示すものです。 また、私の同僚で友人でもあるミッシェル・カムドシュ IMF 専務理事に対してもお礼を申 し上げます。我々はますます緊密に協力し合うようになってきており、この場を借りて専 務理事以下、IMF のすばらしいチームに敬意を表したいと思います。   議長、私は過去に4度、議長のもとで世銀グループの総裁として話をする機会を得まし た。   95 年には、開発の課題や女子教育の必要性、債務負担への対策の必要性についてお話し、 内部の組織再編や全く新しい活力をもって外部とのパートナーシップに取り組む必要を 認めました。他の公的な援助・開発機関や市民社会、民間セクターとのパートナーシップ、 なかでも特に我々がサポートしている国々の政府や国民の声に耳を傾け、より緊密に協力 していく必要性についてです。   96 年には、知識の銀行(ナレッジ・バンク)としての我々の役割を強調しました。また、 「汚職という癌」についてもお話しました。世銀は汚職を憂慮する政府と共に、汚職を見 つけたら何であれ、闘うことを誓いました。以来、我々は汚職防止プログラムを精力的に 進めてきました。   その後、同 96 年中に、パートナーの IMF とも協力して、最貧国向けの債務救済に対す る我々のアプローチを明確に打ち出しました。重債務貧困国(HIPC)イニシアチブは大き な成果を上げ、またケルン・サミット(主要国首脳会議)での提案に従い、関連会議の場 1 でさらなる進展が図られました。   97 年には、「すべての人々を社会に統合するという課題」、人間的な観点から開発を考え、 社会から疎外されているもっとも貧しく弱い人々を開発の主役に据えるべきであると述 べました。   昨年は、アジアの金融危機が圧倒的に我々の関心の中心でしたが、あえて「もうひとつ の危機」を取り上げました。貧困へと追いやられた人々やいったん見出した希望を荒々し く奪い去られた人々の人間としての危機についてです。危機が人々に与える影響に対処す るうえで世銀が担っている特別な役割や、金融的な解決策の先を見据え、マクロ経済面だ けでなく社会・構造的な側面を考える緊急の必要性についてお話しました。   議長、1年後に今日こうして再び集まり、金融危機は過ぎ去ったと安堵したい気にもな ります。何百万人もの人々には、あのもうひとつの危機がいまだに続いているにもかかわ らずです。   必要な改革を先送りしたい気にもなります。何百万人もの人々にとって、そうした改革 はいまだ重要であるにもかかわらずです。また、無事な帰還について話したい誘惑にから れます。何百万人もの貧しく職にあぶれた人々にとって、いまだ帰るべき港は見えてこな いにもかかわらずです。   今日、新たなミレニアム(千年紀)を目前にこうして集まるのは、これまで達成してき た成果や今後の展望を見直すのにちょうどよい機会でしょう。我々はいくつかの基本的な 質問を自らに問いてみる必要があります。この機会をとらえてより良い世界を目指すのか。 少数の人々の繁栄によってではなく、多くの人々のニーズによって自分たちの努力を評価 し始めるつもりがあるか。説明責任を引き受け、変化をもたらすために必要な努力をする 覚悟があるか。   では、我々が見てきたこの千年紀は、どんな世界なのでしょうか。   この 40 年間の平均寿命の伸びは、過去 4,000 年の間の伸びを上回っています。 通信革命のおかげで、すべての人々があまねく知識や情報を入手することも夢ではなくな ってきました。民主主義が広まり、多くの人々にとって機会が拡大されました。市場経済 体制のもとで暮らす人々の数は、ほんの 20 年前には 29 億人であったのが、57 億人に増加 しました。 2   しかしもっとよく見てみると、別の側面も見えてきます。   今年、1人当たりの所得は東南アジアを除くすべての地域で横ばいないしは減少するで しょう。中国を除く途上国では、貧困のなかで暮らす人口は 10 年前から1億人増えてい ます。エイズの蔓延により、アフリカの少なくとも 10 カ国で平均寿命が 17 年も後退しま した。世界の 3,300 万余りのエイズ症例のうち、2,200 万がアフリカに集中しています。 15 億人がいまだに安全な水を確保できず、毎年 240 万人の子どもたちが、不衛生な水が原 因の病気で命を落としています。1億 2,500 万人の子どもが、いまだに初等教育を受けら れずにいます。毎年 180 万人が室内の空気汚染が原因で亡くなっています。情報格差は拡 大しています。1 秒間に1エーカーの速度で森林が破壊されています。   議長、このように世界の様相は明暗が分かれ、課題はあまりにも大きいものです。しか し我々は今、もっと平和で公平で安全な世界へ向けて新しい進路を設定できる歴史的な節 目に立っています。今こそ、単なる見直しだけでなく、行動する時なのです。   私は同僚たちと共に、将来に向けての進路を定めるにあたり、個人として借入国をもっ とよく知る必要があると判断しました。そこで「貧しい人々の声」と題する聞き取り調査 に着手し、希望、目標、現実について、彼らに話を聞きました。世銀と非政府組織(NGO) のスタッフから成るチームが 60 カ国で 6 万人の貧しい男女の声を集めました。ここでそ の調査結果をご紹介したいと思います。      貧困は、単に所得だけの問題ではありません。貧しい人々が求めているのは、心の平安 や幸せが感じられ、地域社会や安全が守られている、平穏な生活です。安定した収入源に 加えて、選択や自由が確保されている生活です。   平穏な生活とは、新たな経済的機会を得ることです。貧しい人々は 10 年前よりもそう した機会が減ったと感じています。   平穏な生活とは、個人の安全が確保されていることです。家計のやりくりのために家庭 の外で働く女性が増えています。しかし性差別による家庭での不平等は根強く、家庭内暴 力も増加しています。   貧しい人々が公共のサービスを受け、生計を立てようとすると、日常茶飯事の汚職に巻 き込まれるはめに陥ります。   議長、貧しい人々に、生活を変えられるかもしれない最大のものはと尋ねると、何と答 3 えると思われますか。彼らは、自分たち自身の組織があれば政府や商人、非政府組織(NGO) と交渉できるだろうと言います。彼らは、彼ら自身で自分たちの将来をかたちづくること のできる、コミュニティ主体のプログラムを通じた直接的な支援を望んでいます。汚職に 終止符を打つために、地域社会が資金を管理することを望んでいます。また、彼らに対す る説明責任を果たす NGO や政府を求めています。   彼らの生の声を聞き、彼らにとっての世界を分かち合ってみましょう。   アフリカのある年老いた女性は次のように語っています。「私にとってより良い生活と 。 は、健康で平和で、飢えがなく、愛情に包まれて暮らすことです」   東欧のある中年男性は次のように言いました。「明日の暮らしがどうなるかわかれば、 ありがたいことだ」。 「僕らの問題を伝える人が誰もいない。誰が僕らを代弁してくれる   中東のある若者は、 のか。誰もいやしない」と言っています。   中南米のある女性は次のように語っています。「誰を信用してよいやら、わからない。 警察か犯罪者か。公共の安全は自分自身に頼るしかない。私たちは家の中に隠れて仕事を しています」。   南アジアのある母親は、次のように語っています。「子どもがおなかが空いた、と言っ たら、今お米を炊いているところだから、と答えます。ひもじさのあまり、子どもが眠っ てしまうまで、そう言い続けます。お米は本当はないからです」。   これらは力強い、威厳のある声です。こうした人々は、我々の財産であって、施しの対 象ではありません。機会や希望さえ与えられれば、彼らは自分自身で将来を築いていくの です。彼らは安全や、子どもがより良い暮らしを送れるようになること、平和、家族、不 安や恐怖からの解放について語っています。   ワシントンでこうして心地よく腰掛けている間にも、我々は彼らの声に耳を傾けなけれ ばなりません。彼らは実際、ここにいる私たちと、ちっとも変わらないのです。   議長、危機はまだ終わっていません。我々の取り組みはようやく始まったばかりです。 来月には世界の総人口は 60 億人に達します。現在のペースのままでは、我々は、2015 年 までに貧困状態の人々を半減させ、すべての子供たちが初等教育を受けられるようにする 4 という国際開発目標を達成できそうにありません。現在のペースでは、2015 年までに現在 の環境資源の減少を国レベルと全地球レベルの双方で食い止めようという国際開発目標 も実現できないでしょう。今後 25 年間で、60 億の世界人口は 80 億人に膨らむでしょう。 今日、60 億の人口のうち、30 億人が 1 日当たり 2 ドル以下、13 億人は1ドル以下で生活 しています。この驚くべき数字は、それぞれ 40 億と 18 億に増える恐れもあります。この ような負の遺産を子孫に残すべきではありません。   紛争が増え、環境の質は悪化し、貧富の格差も拡大するでしょう。   貧しい人々の発する声も大きくなるでしょうが、果たして耳を傾けてもらえるでしょう か。   議長、我々は開発について何を学んできたでしょうか。我々は、開発は可能だけれど必 然的なものではなく、成長は貧困の緩和に不可欠とはいえ、それだけでは十分でないこと を学びました。   貧困問題を前面に出し、中心に据えなければならないことを学びました。そしてマクロ 経済面での成長が自動的に貧しい人々の生活水準向上にはつながるわけではないこと、社 会面や構造面をマクロ経済や金融面の問題と同時に考慮すべきであることを学びました。   議長、我々は現実的で効果的な開発には、地域の人々のオーナーシップと参加が欠かせ ないことを学びました。開発が、ワシントンやヨーロッパの都市、あるいはその他の都市 の密室で決められる時代は過ぎ去ったのです。   タンザニアのムカパ大統領が先ごろストックホルムで行われた会合で、包括的な開発の 「開発政策や開発プログ フレームワーク(CDF)を評価して次のような発言をされました。 ラムのオーナーシップは、当然ながらナショナリストが切望する、固有の侵すことのでき ない権利である。それと同時に、国家レベルおよび地域レベルで勤勉さや自己啓発に向け て、非常に熱心なやる気や条件を生み出すものでもある」。   大統領は、「国民は開発のオーナーとなるよう奨励され、後押しされなければならない。 単に開発の受益者にとどまらず、開発の実践者となるようにである」とも述べられました。   我々は今後、開発アジェンダを策定する際、この呼びかけに耳を傾けねばなりません。 しかし、さらに前進する必要があります。我々は、連携と活動を改善して、彼ら開発の実 践者を妨害するのではなく支援するという我々の役割を認識すべきです。タンザニアが援 5 助国や援助機関のために 2,400 もの報告書を四半期ごとに作成し、そうした国や機関から 毎年 1,000 もの代表団を受け入れなければならないのは残念なことです。そしてこれはタ ンザニアに限ったことではないのです。   我々は今後どのように前進していくべきなのしょう。議長、我々は自分たちの努力をう まく調整し、開発の総合性を認識することや当該国をしっかりと中心に据える必要を認識 したからこそ、今年、CDF をスタートさせたのです。   我々の目標はシンプルです。開発の社会・構造的な側面をマクロ経済や金融面の配慮と 調和させ、それによってはるかにバランスの取れた効果的なアプローチを確立すること。 開発に関わる者どうしの連携を強め、あらゆる活動を有意義に行うこと。国連、欧州連合 、二国間機関、地域開発銀行、市民社会、民間セクターといった開発組織と幅広く (EU) 協力し、新しい世代の真のパートナーシップを築くこと、などです。   ではこれまでに、どのような成果が得られたでしょうか?   CDF は現在、パートナーとともに、13 カ国で試験的に導入されており、我々は地域レベ ルでよりうまく協調・調整しながら協力することを学んでいます。   多くの閣僚と話をしてみたところ、CDF は幅広い支持を得ていると感じています。CDF は青写真ではなくプロセスであり、このプロセスを通して我々は、当該国主導の長期的な 結果重視の開発を、広範な開発コミュニティと連携して進めています。   近日中に経済協力開発機構(OECD)の開発援助委員会(DAC)から、CDF と同様の路線に そった二国間や多国間のイニシアチブについての報告書が出る予定です。この報告書では、 パートナーシップや取り組みをうまくコーディネートする必要性が広く認識され受け入 れられている、と結論付けています。   私はまた、借入国と共に作成した貧困緩和戦略を、IMF と共有するという歴史的な合意 に達したことをうれしく思っています。我々は、マクロ経済や金融面での条件を人的、構 造的、社会的側面と結び付けたバランスの取れたアプローチを目指します。この戦略は、 両機関のプログラムを導くひとつの指針となるでしょう。   しかし、議長、この 1 年の間に我々は、あることを学びました。金融危機も貧困も原因 はひとつであり、同じだということです。各国は健全な財政・金融政策を打ち出すかもし れません。けれども、良いガバナンス(統治)がなければ、汚職の問題に正面から取り組 6 まなければ、人権や財産権、契約を保護し、破産法や安定した税制に枠組みを与える司法 制度がなければ、オープンで監督の行き届いた金融システム、適切な規制、行動の透明性 がなければ、その国の開発は根本的な欠陥をもち、持続しないでしょう。   裁判官が腐敗し、もっとも貧しく弱い人々が警察から残虐な仕打ちしか期待できないと したら、法律書などなんの役に立つというのでしょうか。   女性が市場における差別や家庭内暴力に直面していたら、憲法上の保護などなんの役に 立つでしょうか。   会計基準や透明性の要求、契約に関する法律や安定した公平な税制がなかったら、外国 からの投資などなんの役に立つでしょうか。       失業に対処する社会的なセイフティ・ネットや一般国民を私的独占から守るルールがな かったら、民営化がなんの役に立つでしょうか。   制度の未整備やガバナンスの欠陥、十分な能力を有し適正な報酬を受けているスタッフ の不足が、政策立案や公共サービスの実施、説明責任をむしばんでいます。   議長、我々は全般的な経験や CDF の試験的実施を通して、国家の組織や能力、構造を中 央ならびに地方レベルで強化することこそ、貧困緩和に取り組むうえでの最優先課題であ ると学びました。CDF のステップを順に並べる作業をしながら、政府と市民社会における ガバナンスの強化と人材育成に第 1 の重点を置くべきであることを学びました。   こうした判断は、国連開発計画(UNDP)による 150 人の現地駐在コーディネーターを対 象にした最近のアンケート調査でも裏付けられています。この調査では、半分以上の回答 者がガバナンス強化や人材育成の必要性を最優先課題に挙げています。69 カ国、3,600 以 上の民間企業を対象とした調査でも、しっかりした制度とルールづくりが必要であるとさ れ、UNDP の調査回答を支持する結果が出ています。貧しい人々を対象とした世銀による調 査でも、同じような意見が繰り返し述べられました。汚職や暴力、無力さ、弱さの蔓延が 問題だという指摘です。彼らは公正で自分たちの声が反映されるようなシステムを強く求 めています。選挙や政府を通してこうした制度ができなければ、彼らは政府以外の非公式 な組織を通してでも、そういったシステムを作ろうとするでしょう。   無力さから民主的な社会へ移行するには何が必要なのでしょうか。弱さから脱皮し行動 する力をつけるには何が必要なのでしょうか。暴力から平和と公正さへ移行するには何が 7 必要なのでしょうか。   それにはまず、選挙で選ばれた政治家や経済力と社会的影響力をもつ各国の指導者たち の誠意ある取り組みが何よりも必要です。   政府の仕組み・規制・制度を改革するやる気が必要です。また人材育成に対する強力な 支援が必要でしょう。抑圧の手先ではなく、保護や安全を提供する警察をもつことが必要 でしょう。政府を貧しい人々にとってもっと近い存在にするために、もっと力強い地方の 機関が必要でしょう。地域の人々が力をつけ団結して、自分たち自身のプログラムを作 成・実施することが必要でしょう。地域社会が自ら資金と資源を管理すれば、汚職で失わ れるものもはるかに少なくなるはずです。   政府レベルか地域社会レベルで考えるのかを問わず、金融危機というプリズムか人間の ニーズというプリズムを通して見るのかを問わず、また話す相手が投資家や銀行家なのか、 権利を奪われた人々なのかを問わず、カギとなるのはガバナンスと人材育成です。我々は、 貧困緩和を中心アジェンダとして前面に据え、活動の最前線において、ガバナンス、制度、 人材育成に取り組まなければなりません。   各種の調査報告にはすでに、我々が直感的には気づいていたことが表れてきています。 すぐれたガバナンスは、1 人当たりの GNP の伸び、成人識字率の向上、乳児死亡率の低下 と関連しています。ガバナンスの不備、つまり説明責任と透明性の欠如、汚職や犯罪の蔓 延は、開発と貧困緩和に対する最大の障害であるということが明らかになっています。劣 ったガバナンスは、重債務貧困国(HIPC)プログラムを脅かす恐れがあります。なぜなら HIPC のプログラムは、債務削減によって自由に使えるようになった資金が目的意識をもっ て貧困緩和に向けられない限り、うまく機能しないからです。脆弱なガバナンスのもとで は、教育、保健、水資源、エネルギー、農村・都市開発における進展は望めないでしょう。 ガバナンスが劣っていると、国家と国民が経済の主流から傍流へ追いやられる恐れがあり ます。そして、そこに置き去りにされてしまうのです。貸付が健全な政策と健全な制度を 有する国においてのみ成果を上げられるのであれば、実績の芳しくない国に貸付を行う者 はいないからです。   世銀は今後、機構およびガバナンスの強化に向けて、各国政府と協力することに大いに 重点をおくべきであると提案します。   我々にすべての答が分かっているかというと、それは違います。我々があらゆる専門知 識を持ち合わせているかというと、もちろんそんなことはありません。成功を手にするに 8 は、市民社会や民間セクターを含む、開発コミュニティの他の人々とのパートナーシップ が不可欠です。これから数カ月以内に、この分野において特に専門性と経験を有する UNDP やその他の機関と共に、ガバナンスと人材育成について、それぞれお互いが何を行ってい るかを分かち合う予定です。そしてそれぞれが提供できる強みと経験を評価し、どのよう に協調しながら前進していけばよいかを決定します。   議長、このようなアジェンダに必要なのは、社会を効率的に機能させるシステムの相互 関連性に注目することです。チェック・アンド・バランスの機能を備えた健全な公のガバ ナンス制度に焦点をあてること、また政府が汚職に対する闘いに立ち上がることも求めら れます。   必要なのは、政府や商取引のみを扱うのではなく、市民の権利とその活動に対する権利 を保護するような立法・司法制度を確立することです。貧しい持たざる者たちから、少し ばかりの財産を奪い尽くしてしまう汚職は、貧困問題の中心テーマです。世界の投資家と 同様に、わずかな貯えをもつ農民、特に女性からも、同じように信用される金融・銀行シ ステムづくりに力を入れなければなりません。最高レベルの会計基準、監査、情報開示に 関する方針を含め、近代的な法人手続が必要とされています。我々は、危機の時と平常時 のどちらにも機能する、中小企業向けの少額融資制度と資金提供に焦点を当てるべきでし ょう。   地域社会に役立つことが自分の仕事の目的であると考える、きちんとした意欲ある公務 員や市民リーダーを養成しなければなりません。そして議長、この育成は効率的な教育と 学習に基づいていることを忘れてはなりません。我々は、信頼感を育む、地域レベルでの 力のある公的制度や市民社会制度の確立に注力するべきです。貧困の緩和を効率的に行う ための真のカギが地域レベルにあるのは、疑う余地がありません。   こうした制度を確立するには、フォーマルな規則を変更するだけでは不十分です。イン フォーマルな規則や慣行を変えることも必要です。また人材の育成、価値観の形成、技能 の習得、変革に取り組む意欲のある人々を支援するインセンティブの確立も必要とされる でしょう。   アフリカで、新しいモデルが台頭してきています。人材育成のためのパートナーシップ です。アイディアを実際の行動に移すまでに 2 年かかりました。これはアフリカの人々が 導き、アフリカの人々によって実施されるプロジェクトです。世銀、IMF、UNDP、アフリ カ開発銀行が直接の支援や協力を行い、民間セクターと市民社会とのパートナーシップに 根ざしています。我々は、支援基金に 1 億 5,000 万ドルの拠出を約束しました。我々は皆 9 アフリカの仲間に加わり、彼らの目標達成のために協調して緊急の取り組みを支援します。   しかし、ムカパ大統領の言葉を忘れてはなりません。開発の担い手を育てる必要があり ます。過去において、あまりにも多くの人材育成の試みがつまずいたのは、現地のオーナ ーシップに根ざしていなかったためでしょう。   議長、これまで、目標に到達することの複雑さについて、国レベルでお話してきました。 しかし我々は、国々が相互に依存し合っていることを知っています。もはや、国家が自ら の運命の唯一の主人ではないことを知っています。グローバルなルールと、グローバルな 行動が必要です。新しいグローバルな金融システムに対応する、新しい国際開発の体系が 求められています。   そのような国際開発の体系とは、どのようなものでしょうか。   第1に、それは国連、各国政府、多国間機関、民間セクター、市民社会といった、あら ゆるプレーヤーの協力の上に築かれた連携体制となるでしょう。被援助国と援助供与国、 援助供与国側の市民との間の連携、結果に基づいた連携。開発援助を利用するにあたり、 汚職がなく、貧しい人々の元に届くような、効果的なやり方があるに違いありません。有 権者は、自分たちの提供する援助が成果を上げていることを確かめたいのです。善意は存 在します。求められているのは行動です。   第 2 に、その体系には、債務の束縛を断ち切らなければならないのは確かですが、同時 に、さらに前進するための資金を確保し、貧困の悪循環を解く連携が含まれるでしょう。 我々が表明した HIPC に対する債務削減は、努力目標の入口であって到達点ではありませ ん。   第 3 に公平で総合的、包括的なルールや慣行を伴う機能的な通商制度の必要を認識した 連携が体系を形づくるでしょう。これが、21 世紀のための開発ラウンドです。   第 4 に、環境には国境がないことを認識したうえでの連携。オゾン層破壊について大成 功を収めたときのように、気候変動、砂漠化、生物多様性に関する国際条約を遵守する必 要があります。こうした問題に関する国際条約に基づいて、行動を起こさなければなりま せん。地球環境ファシリティがその役割を果たせるように、資金を十分に確保しておく必 要があります。   第 5 に、エイズ、マラリア、結核、ポリオなどの根絶に向けた新しいワクチンを利用し、 10 多くの人々の元に届く保健医療を実現するために、最新研究の力を利用する連携。   第 6 に、情報革命を真に全世界的なものにする連携です。拡大している知識格差を縮小 し、すべての開発途上国・移行経済国を世界と相互につなぐこと。衛星、電子メール、イ ンターネットを介して、分かち合い、学ぶ真の通信手段を実現すること。技術革新が開発 の内容に大きな影響を与えることは間違いありません。   議長、グローバル化は、グローバル市場における解き放たれた勢い以上のものになり得 ます。知識と努力を組み合わせて力を発揮し、グローバルな解決策へと導くものともなり 得るのです。   我々は、変革のための連携を築く必要があります。投資や雇用創出につながり、技術や 技能の移転を促しながら社会的責任を育む民間セクターとの連携。   債務削減キャンペーンの背後に見られたような草の根レベルの支援を動員して、その力 を保健医療や教育の普及、参加、貧困緩和へと拡大していくための市民社会やコミュニテ ィとの連携。   自国の開発アジェンダに対し、市民の参加を得て管理できるようにすることを補佐する 政府との連携。縄張り争い、無駄、重複に終止符を打つための相互連携。   宗教団体、労働組合、財団、NGO との共通の作業に利するような連携。持続可能な開発、 ジェンダー、教育、乳児・児童・母親の死亡率、リプロダクティブ・ヘルス(性と生殖に 、環境に関する国連の7つの誓約を果たすための連携。 関する健康)   来年、プラハで総会が開かれる時までには新しい開発体系に着手できるよう、変革を目 指すこうした連携の確立に向けて、全パートナーと協同で作業を進めていく決意をここに 表明いたします。   議長、以上ここまで、複雑なアジェンダの概略を述べてきました。世銀はこの難しい課 題に対処する準備を進めているでしょうか。断固としてイエスとお答えしましょう。   ガバナンスに関しては、我々はすでに年間 50 億ドル以上を支出しており、行政サービ ス改革、予算管理、租税管理、地方分権、立法・司法改革、その他の制度の確立などに取 り組んでいます。 11   汚職防止プログラムについては、20 カ国以上と協力しています。判事の育成を支援し、 汚職を白日の下にさらすべく、全国規模で公開ワークショップを開催しています。さらに、 ジャーナリストのために調査報道の訓練を行っています。我々は、言論の自由が保証され たプロフェッショナルな報道は、社会の声であることを認識しているからです。   知識に関しては、過去 4 年間に目覚ましい進歩がありました。我々のナレッジ・バンク は、衛星による通信を利用した通信教育によって連携を強化しています。さらに、情報イ ンフラにおける格差を縮小したり、アフリカのバーチャル大学や、先進国の生徒を途上国 の仲間とつなぐワールドリンクス・プログラムを通じて、知識を遠く離れた場所にまで届 けることができます。   土地の所有制度とインフラ整備のための自助プロジェクトを導入し、居住者自身の努力 に基づいたプログラムにより、スラムをきれいにしようという大規模なプロジェクトもあ ります。世界自然保護基金(WWF)とは、森林保護のための強力な提携関係を築きました。 民間セクター、国連、各財団とは、ワクチンと免疫のためのグローバル同盟と、エイズ・ ワクチン対策委員会、マラリア・イニシアチブを構築中です。議長、我々は140の異なる パートナーとともに、河川盲目症と闘い、すでに根絶させています。これは、我々が力を 合わせたら何ができるかを示す、素晴らしい例といえるでしょう。我々は、地域社会と協 力してボトム・アップ方式のパートナーシップを形成しています。インドでは、現地の民 主的制度を通じて地域社会と協力しました。我々が学んだのは、現地に本拠地を置き、我々 の真の支援対象である農村・都市部のコミュニティにおける貧しい人々の近くで行うプロ ジェクトが、もっともうまくいき、もっとも効率的であるということです。また我々は、 現地の地域社会がオーナーシップを持ち参加することを、開発体系の中心に据えるべきで あることも学びました。 、   世銀は、この難題に前向きに取り組んでいるでしょうか。世銀、国際金融公社(IFC) 多国間投資保証機関(MIGA)には、1万人の非常に有能でかつ献身的な職員がいます。こ の1年は困難な年でした。ここで職員とその家族の貢献に対し、感謝の意を表したいと思 います。     議長、我々は今、新たなミレニアムを間近に迎えようとしています。実現可能な多くの ことが、手を伸ばせば届くところにあるのです。   手を伸ばし、それをつかむ勇気とリーダーシップが我々にあるでしょうか。皆がひとつ の世界に住んでいることに、我々はようやく気づくのでしょうか。周りを見ればわかりま す。我々は皆、金融システムによって、また情報通信によってつながっています。環境や 12 貿易によってもつながっています。人々の移動や、犯罪、麻薬、戦争や平和も、国境など ものともしていません。   議長、境界線を越えるに至らないのは国家予算だけです。より広い外の世界にほとんど 注意を払わないのは、国内選挙だけです。   国益はすなわち国際的な問題であると、人々に説明できるリーダーシップが求められま す。開発に対する真のコミットメントを再確認する必要があります。お互い同士への真の コミットメント、先進国の多くの指導者が途上国に対して行った寛大な表明にそって行動 する真のコミットメントです。また、GNP の 0.7%を ODA にあてるよう努力するコミット メント。そして良いガバナンス、平等、成長をもたらすと約束したことを実行する、途上 国・移行経済国の指導者による真のコミットメント。   そして議長、こうしたコミットメントには人間的で倫理的な側面も必要です。次の世紀 を迎えるにあたり、情熱的なコミットメントがなくてはなりません。我々全員が、地球上 の公正と発展に対し、責任を担わなければなりません。先ほど紹介した貧困者のコメント に、心を動かされない人がいるでしょうか。 「貧困は屈辱だ。だれかに依存していると   東欧のある父親は次のように語っています。 いう感覚。助けを求めて、無礼、侮辱、無関心に直面しても受け入れるしかないという感 覚」。   南アジアのバシランビビは、次のように話しています。 「はじめは、夫、村人、警官な ど誰もかも、何もかもが怖かった。今はもう、私は誰も恐れない。私には自分の銀行口座 がある。私は村の貯蓄グループのリーダーで、 。 妹たちに私たちの運動について話している」   議長、我々は前方を見据えなければなりません。手を伸ばし、課題に取り組まなければ なりません。世界中の貧しい人々、希望を抱く若者、年老いた人々、権利を奪われた人々、 ストリート・チルドレン、障害をもつ人々、農村の労働者、スラムの住民が大きな声で、 「今はもう、誰も恐くない。今は何も恐れない」と叫ぶことができる日を我々は目指しま す。 ### 13