包括的で持続的な発展のための ユニバーサル・ヘルス・カバレッジ: 11カ国研究の総括 前田明子、エドソン・アロージョ、シェリル・キャッシン、 ジョセフ・ハリス、 池上直己、 マイ ケル・ライシュ 1 包括的で持続的な発展のための ユニバーサル・ヘルス・カバレッジ: 11 カ国研究の総括 iii 目次 序文  vii 謝辞  ix 著者略歴  xii 略語  xiv .........................................................................................1 概要   主要政策メッセージ  2 分析の枠組み  3 政治経済的な状況  4 医療財政  6 保健医療人材  9 結論  12 1章 ユニバーサル・ヘルス・カバレッジの目標 .........................13 好機:UHC は包括的かつ持続可能な発展に寄与する  13 課題:導入、達成、維持  15 2章 目的、範囲、分析の枠組み ...............................................19 目的と範囲  19 分析の枠組み  20 ......................................23 3章 各国の経験から浮かび上がる教訓  特集−− UHC の達成および維持に関する日本の経験  24 4章 政治経済状況および政策過程におけるユニバーサル・   ....................................................29 ヘルス・カバレッジの教訓  UHC の導入:危機、強力なリーダー、社会運動の全てが  推進力となる  29 UHC の達成:段階的かつ公平に  31 UHC の維持:反応性、適応性、レジリエンス  33 iv 5章 保健医療財政におけるユニバーサル・ヘルス・カバレッジ  の教訓 .............................................................................37 財源確保  37 支出の適切な管理と費用に見合った価値の実現  42 リスクプーリングと資源の再分配の管理  46 6章 保健医療人材に関するユニバーサル・ヘルス・カバレッジ  の教訓 .............................................................................53 有資格の保健医療従事者の増員  53 保健医療人材の公平な配置  57 保健医療人材のパフォーマンス向上  61 7章 主要な問題と今後の段階 ..................................................67 分野横断的な課題  67 次のステップ  71 コラム コラム 1.1   UHC 達成に向けたツール−− UNICO および UNICAT  16 コラム 4.1 トルコの改革推進力となった金融危機  30 コラム 4.2 ブラジルおよびタイでの UHC に向けた社会運動  31 コラム 4.3 政治的な勢いを維持するため「速やかに目に見える結果を  出すこと」の重要性― ―トルコの経験  34 コラム 6.1 エチオピアの保健普及プログラム  56 コラム 6.2 トルコにおける保健医療従事者の地域格差是正戦略  59 コラム 6.3 パフォーマンスに応じた支払いとグループ診療に関する  フランスの経験  63 図 図 1.1  UHC の 3 つの軸( 「UHC の立方体」)  14 図 2.1  カバー範囲の決定要因となる保健医療システムの要素  21 図 5.1  GDP 比での公的医療支出(2011 年)   38 図 5.2  政府支出全体に占める公的医療支出の割合(グループ 2 の国)  (1995 〜 2012 年)  39 図 5.3  政府支出全体に占める公的医療支出の割合(グループ 3 の国)  (1995 〜 2012 年)  40 図 5.4  医療費全体に占める自己負担額の割合(2011 年)   43 v 図 6.1  医師に対する看護師および助産師の比率  55 図 6.2  医師および看護師の出国率(2000 年)  60 表 表 0.1  UHC 研究の対象となった 11 カ国  2 表 2.1  研究対象国の概要  20 表 5.1  カバー範囲が急速に拡大する時期における事例研究対象国の  UHC の経済・財政状況  41 表 5.2  11 カ国における特定財源と UHC へのコミットメント  42 表 5.3  カバー範囲拡大に伴う費用管理手法  45 表 5.4  貧困層を対象とする補助金  49 表 6.1  11 カ国における保健医療人材数の推定値 2010 年実績値と  2035 年目標値  54 vii 序文 ―保健医療シ 世界保健機関(WHO)から『世界保健報告書 2010 年度版― ステムの財政:ユニバーサル・カバレッジへの道』が刊行されて以来、低中 所得国では、他国がどのようにユニバーサル・ヘルス・カバレッジ(UHC) を達成し維持しようとしているか、その経験に関する体系的な評価への関心 が高まっている。さらには、UHC 政策やその制度設計に必要な技術的助言や 財政的な支援を求める声も多く上がっている。 2011 年、日本は国民皆保険達成 50 周年を迎えた。それを契機に、日本政 府と世界銀行グループは、低中所得国で高まる要望に応えるため、日本を含 む複数の国を対象とした国際研究を実施し、UHC 戦略の導入から実施に至る 諸段階にある国々が有する多様で示唆に富む経験を共有することを着想した。 これを受け、UHC に関する日本・世界銀行共同研究プログラムが発足し、日 本政府と世界銀行の共同研究チームが編成された。同プログラムは、各国が UHC を政策目標とする際の決定・実施プロセスに関する知識のギャップを埋 めることを目的とする、2 年間の多国間国際研究である。研究に参加し、デー タと経験を快く共有していただいた 11 カ国の政府、バングラデシュ、ブラ ジル、エチオピア、フランス、ガーナ、インドネシア、日本、ペルー、タイ、 トルコ、ベトナムに謝意を表したい。これらの 11 カ国は、地理的、経済的、 歴史的背景が大きく異なる。本報告書では、UHC 改革の政治経済学的側面、 そして医療財政と保健医療人材に関する課題に対処する政策と戦略に重点を 置き、共通の分析枠組みを用いて、11 カ国の事例研究の主な分析結果をまと めた。 これらの各国における事例研究を実施するための資金を提供していただい た日本政府にも感謝の意を表したい。11 カ国研究から得られた最初の成果は、 2013 年 12 月 5 日から 6 日に東京で開催された「包括的で持続可能な成長の ためのユニバーサル・ヘルス・カバレッジ」をテーマとした国際会議「保健 政策閣僚級会合」で発表された。同会議において、日本の麻生太郎副総理と 世界銀行グループのジム・ヨン・キム総裁は、包括的かつ持続可能な開発を viii 目指す各国の基本目標のひとつとして、UHC に関する課題を共同で提起した。 UHC の目標は、全ての人々が質の高い医療サービスを受けられることを 保証し、公衆衛生上の危険から全ての人々を保護し、本人や家族が病気になっ た際の医療費の自己負担額や所得喪失による貧困化から全ての人々を守るこ とである。UHC への道筋は国ごとに異なるが、各国がさまざまなアプローチ を学び、潜在的なリスクを回避する上で、他国の経験が役立つものと考えて いる。本書で紹介されている各国の事例が、UHC の導入、達成、維持を目指 す上で、各国にとって役立つ有用な教訓となることを期待している。我々の 目的は、知識を共有し、より健康的で公平な社会を構築すると同時に、医療 財政の改善に貢献することである。 参議院議員  世界銀行グループ 武見敬三  保健・栄養・人口上級局長   ティモシー・グラント・エバンズ ix 謝辞 本研究は、日本政府と世界銀行グループの共同研究プログラムとして、開 発政策・人材育成基金(PHRD)からの支援を受けた。同プログラムは、参 議院議員である武見敬三氏と世界銀行グループの保健・栄養・人口上級局長 であるティモシー・グラント・エバンズ氏が共同議長を務めるプログラム調 整委員会によって運営された。 本総括報告書は、世界銀行グループ リード・ヘルス・スペシャリストであ り世界銀行グループ側のタスクチームリーダーである前田明子氏、そして共 同チームリーダーの慶應義塾大学医学部医療政策・管理学教授である池上直 己氏と、ハーバード大学公衆衛生大学院国際保健政策武見太郎記念講座教授 のマイケル・ライシュ氏から成るチームの指揮下で作成された。医療財政に 関する章はリザルツ・フォー・デベロップメントのヘルス・エコノミストの シェリル・キャッシン氏、政治経済学に関する章はボストン大学社会学部助 教授のジョセフ・ハリス氏、保健医療人材に関する章は世界銀行グループの エドソン・アロージョ氏が執筆に関わった。エレーヌ・バロワ氏、見明奈央 子氏、津川友介氏、アイリーン・ジルソン氏は、本報告書の構成に関して多 くの貢献をし、本報告書と各国の事例との一貫性の確保、データや図表の作 成にも貢献した。ジョナサン・アスピン氏が本報告書を編集し、ダニエラ・ ホシノ氏は原稿作成を補佐した。 本報告書の最初の結果は、2013 年 12 月 5 日から 6 日に東京で開催され た「包括的で持続的な成長に向けたユニバーサル・ヘルス・カバレッジ」をテー マとした国際会議「保健政策閣僚級会合」で発表され、参加者からのフィー ドバックを得た。また、本書は、ジョルジュ・コアラサ氏、ミシェル・グラ グノラティ氏、ティモシー・ジョンストン氏(世界銀行グループ)、スンマン・ クウォン氏(ソウル国立大学校公衆衛生大学院)が査読を行い、彼らのコメ ントを元に改訂された。さらに、ジェームズ・ブチャン氏(メルボルン大学)、 マイケル・ボロウィッツ氏(世界エイズ・結核・マラリア対策基金)、ジョセフ・ カッツン氏(世界保健機関)からも貴重なコメントを得た。 本報告書は、ユニバーサル・ヘルス・カバレッジ(UHC)に関する 11 カ国(バ ングラデシュ、ブラジル、エチオピア、フランス、ガーナ、インドネシア、日本、 x ペルー、タイ、トルコ、ベトナム)の事例研究を総括したものである。タイ の報告書は同国政府から資金提供を受け、フランスの報告書は経済協力開発 機構(OECD)から一部資金提供を受けた。 日本の事例研究は、UHC に関する同国の経験を綿密に分析したテーマご との研究で構成され、そのテーマとして、マクロ経済のトレンド、改革の政 治経済学的な側面、医療財政、保健医療人材の問題、公衆衛生を扱ってい る。日本の事例研究の企画および実施は、池上直己教授によって指揮され た。これら日本の事例研究は、『包括的で持続的な発展のためのユニバーサ ル・ヘルス・カバレッジ:日本からの教訓( )』(編著  池 上)としてまとめられ、またウェブサイトに掲載される予定である(http:// www.jcie.or.jp/japan/pub/publst/1452.htm )。 日本以外の 10 カ国の事例研究は、 (「包 括的で持続的な発展のためのユニバーサル・ヘルス・カ  バレッジ:国別概略 報告」)のシリーズに収録されており、世界銀行グループの当該ウェブサイ トに掲載される予定である(http://www.worldbank.org/en/topic/health/ brief/uhc‑japan)。各国の事例研究については、以下の著者に感謝したい。 バングラデシュ  サメー・エル・サハティ、エレーヌ・バロワ:世界銀行グループ   スーザン・パワーズ:ヘルス・エコノミスト、コンサルタント ブラジル  エドソン・アロージョ、マグナス・リンデロー:世界銀行グループ エチオピア  フイフイ・ワン、G.N.V. ラマナ:世界銀行グループ フランス  エレーヌ・バロワ:世界銀行グループ   ジーナップ・オー:医療経済研究情報機構(IRDES)   アンキット・クマール:OECD ガーナ  ナタニエル・オットー:ガーナ国民健康保険庁副長官   エブリン・アウィッター、パトリシオ・マルケス、カミラ・サレ: 世界銀行グループ   シェリル・キャッシン:リザルツ・フォー・デベロップメント 謝辞 xi インドネシア  プティ・マルゾエキ、アジェイ・タンドン、シャオルー・バイ、エコ・ パンブディ:世界銀行グループ ペルー  クリステル・バーミーシュ、ローリー・ナルバエス、アンドレ・メディ チ:世界銀行グループ タイ  ウェラポン・パチャラナルモル、ヴィロージュ・タンチャローンサ ティエン、スウィット・ウィブルポルプラサート:国際保健政策プ ログラム   ピーラポル・スティウィセサク氏:タイ国民医療保険庁 トルコ  エース・アンバー・オズチェリック:世界銀行グループ   メルテム・アラン:デベロップメント・アナリティックス ベトナム  エレーヌ・バロワ、エヴァ・ジャラワン:世界銀行グループ   サラ・ベールズ:ヘルス・エコノミスト、コンサルタント xii 著者略歴 (アルファベット順) 前田 明子 世界銀行保健・栄養・人口  リード・ヘルス・スペシャリスト。保健と開発 経済学分野において、20 年以上の経験を持つ。低中所得国の政府に保健財 政や保健サービス改革の分野で技術協力や政策助言を行っている。現在は世 界銀行の保健人材グローバル戦略を指揮。世界銀行入行前は、国連開発計画 (UNDP)、ユニセフ、アジア開発銀行に勤務。ハーバード大学より生化学と 分子生物学修士号、ジョンズ・ホプキンス大学公衆衛生大学院より医療経済 学博士号を取得。 エドソン・アロージョ 世界銀行保健・栄養・人口  エコノミスト。主に保健医療人材問題を担当し ており、保健医療分野の労働市場分析、保健医療人材のパフォーマンス評価、 表明選好法を使った保健医療従事者の就労選好分析などを行っている。世界 銀行に入行する以前は、ロンドン大学ユニバーシティ・カレッジや、ブラジ ル保健省、バイア連邦大学で医療経済学者として勤務した。 シェリル・キャッシン 保健財政政策の策定、実施、評価を専門とする医療経済学者。リザルツ・ フォー・デベロップメント研究所のシニア・フェローとして、ロックフェ ラー財団の助成を受けて運営されているユニバーサル・ヘルス・カバレッジ (UHC)ジョイント・ラーニング・ネットワーク(JLN)のプロバイダー・ ペイメント・イニシアティブを指揮している。その他、世界銀行、世界保健 機関(WHO)といった国際的技術支援機関の保健財政コンサルタントを務め ている。 (近刊)の筆頭著者、 を含む世界銀行の出版物の共著者。  著者略歴 xiii ジョセフ・ハリス ボストン大学社会学助教授。本共同研究プログラムでは、医療制度改革の政 治経済に関する分析に携わった。主な研究対象は、タイ、ブラジル、南アフ リカにおけるユニバーサル・カバレッジ政策の政治。ヘンリー・ルース奨学 金、フルブライト・ヘイズ奨学金を受賞。プリンストン大学ウッドロー・ウィ ルソン公共政策大学院より修士号、ウィスコンシン・マディソン大学より社 会学博士号取得。 に近著掲載予定 であり、 、 、 への論文掲載多数。 池上 直己 慶應義塾大学医学部医療政策・管理学教授。慶應義塾大学医学部卒。医学博士。 同学部病院管理学教室講師、助教授、  同大学総合政策学部教授、ペンシルベ ニア大学訪問教授を歴任。日本医療・病院管理学会理事長、医療経済学会会 長を歴任。現在は、全日本病院協会医療制度・税制委員会委員、同医療従事 者委員会委員、東京都医師会病院委員会委員等を務める。専門は医療政策学、 医療管理学、医薬経済学、高齢者ケア政策研究。 マイケル・ライシュ ハーバード大学公衆衛生大学院国際保健政策武見太郎記念講座教授。公衆衛 生政策の政治的側面を研究対象としている。現在の関心は、政策形成過程の 政治経済学、保健システム強化、医薬品へのアクセスや医薬品に関する政策、 等。先進国・途上国問わず、保健医療政策改革の政治経済学に関する研究多数。 イエール大学より、東アジア研究修士号、政治学博士号を取得。 xiv 略語 CBHI (community‑based   地域に基づく健康保険  health insurance)   GDP (gross domestic product)  国内総生産 NHIS (National Health   国家健康保険制度(ガーナ)  Insurance Scheme)    OECD (Organisation for Economic  経済協力開発機構  Co‑operation and Development)    SIS (Seguro Integral de Salud)  総合医療保険(ペルー) SUS (Sistema Único de Saúde)  統一保健医療制度(ブラジル) UCS (Universal Coverage Scheme)  国民健康保険制度(タイ) UHC (universal health coverage)  ユニバーサル・ヘルス・カバレッジ WDI (World Development Indicators)  世界開発指標 WHO (World Health Organization)  世界保健機関 1 概要 ユニバーサル・ヘルス・カバレッジ(UHC)の目標は、全ての人々が質の 高い医療サービスを受けられることを保証し、公衆衛生上の危険から全ての 人々を保護し、本人や家族が病気になった際に医療費の自己負担額や所得喪 失による貧困化から全ての人々を保護することである。ブラジル、フランス、 日本、タイ、トルコなど、UHC を達成している各国は、UHC が国民の健康 および福祉の向上に不可欠なメカニズムとして機能し、またそれが、公平性 と持続可能性という原則に根ざした経済成長や競争力の基盤となることを実 証している。支払い可能な価格で質の高い公的医療サービスへのアクセスを 全国くまなく保証することは、世界の貧困層の大部分が暮らす低中所得国に おける極度の貧困を 2030 年までに終わらせ、共に繁栄していく上で重要な 原動力になると考えられる。 UHC に関する日本・世界銀行共同研究プログラムでは、地理的・経済的 条件の多様性を確保するため、低・中・高所得グループから 11 カ国(表 0.1 に記載)が選定された。これらの国はいずれも、国の優先目標として UHC に取り組んでいるが、アプローチはそれぞれ異なり、UHC の達成または維持 のレベルも異なる。 国によっては公的および民間の医療機関から医療サービスを購入する医療 保険制度によって UHC の達成を目指している一方で、バングラデシュ、ブ ラジル、エチオピアなどの国は、公的機関が直接医療サービスを提供する制 度を通して、国民の医療サービスへのアクセス向上に取り組んでいる。グルー プ 1 の国は UHC 達成に向けて国の政策目標を設定している段階にある。グ ループ 2 の国は UHC 達成に向けてかなりの進捗が見られるが、カバー範囲 に依然として大きなギャップがある。グループ 3 の国はおおむね UHC 政策 目標を最近達成したが、UHC がカバーする医療サービスの範囲をさらに広げ、 持続可能な制度とする上で新たな課題に直面している。グループ 4 の国は成 熟した保健医療システムと UHC 制度を備えているが、人口動態と経済状態 の変化に応じて国の政策を調整することが求められている。 2 表 0.1  UHC研究の対象となった11カ国 特性 グループ 1 グループ 2 グループ 3 グループ 4 UHC 政策  目標を設定し、新しい 新規のプログラムおよ 強力な政治的リーダー 成熟した制度とプログ およびプログ プログラムを試験的に び制度が整備され、導 シップと国民からの要 ラムを有している段階。 ラムの状態 導入し、新しい制度が 入に向けた取り組みが 請によって、UHC に対 変化する需要に応える 策定される段階 進められている。カ する新たな投資と UHC ために調整を行い、そ バー範囲を対象外だっ 政策の改革が進められ れを制度に適用させる た人々へも広げるため、 ており、新たな要請に ことができる さらに制度を発展させ、 応えるための制度とプ 能力を構築していくこ ログラムを開発してい とが必要な段階 る段階 カバー率 低い人口カバー率、 人口の多くが経済的に 全人口をカバーできて UHC が維持されてお UHC 達成に向けた初期 守られた形で保健・医 いるものの、経済的リ り、全人口は医療サー 段階にある 療サービスを利用でき スクからの保護と医療 ビスへの包括的アクセ ているが、全人口をカ サービスの質の面でま スと実際的な経済的リ バーするところまで だ改善の余地がある スクからの保護を享受 至っておらず、医療サー できている ビスへのアクセス、お よび経済的リスクから の保護の点でまだ格差 が残っている 該当国 バングラデシュ ガーナ ブラジル フランス エチオピア インドネシア タイ 日本 ペルー トルコ ベトナム 主要政策メッ セ ー ジ 研究対象国の 11 カ国はいずれも UHC の目標達成に最大限の努力を投じ ており、自国の経験を調査して他国と共有する意志を持っている。各国の保 健医療システムは独自の歴史を持ち、それぞれの課題に直面しているものの、 各国の経験は、UHC の各段階で共通に見られる課題や好機について貴重な洞 察を与えると思われる。本研究の結果、以下のような主要な政策メッセージ が明らかになった。 ・ UHC を達成し維持するためには、国と地方における強力なリーダーシッ プと長期的なコミットメントが必要である。UHC の目標を見失うことな く、さまざまな利益集団との間で政治的妥協点を探ることができ、幅広 い層から社会的支持を動員し維持する能力を備えた、適応力と強靭さを 伴ったリーダーシップが必要とされる。 概要 3 ・ 各国は、医療費を管理する一方で、医療へのアクセスを改善するため強 固でレジリエンス(しなやかな強さ)のあるプライマリ・ケア制度に投 資するべきである。 ・ 効果的で持続可能な UHC を達成するには、公衆衛生プログラムに投資し、 公衆衛生上のリスクを防ぎ、健康的な生活環境を整備することが不可欠 である。 ・ 経済成長は UHC の推進に寄与するが、公平なカバーを保証するにはそ れだけでは不十分である。各国は、資源を再分配し、手の届く料金で質 の高い医療へのアクセスにおける格差を是正する政策を実施する必要が ある。 ・ 各国は、医療サービスの財源の確保(資金調達)と医療費支出の管理の バランスを取りながら、カバー範囲を広げていく必要がある。 ・ 各国は、カバー範囲の拡大に伴って高まる医療サービスへの需要を満た すため、保健医療人材をスケールアップする必要がある。ここでいう「ス ケールアップ」とは、人材の数を増やすだけではない。労働市場の状態、 保健医療人材のキャリア選択の指向性、そして労働環境も含めて考慮す るべきである。 分析の枠組み UHC に関する各国の概要報告書は、(i)UHC を導入、達成、維持するに あたっての政治経済的な状況および政策過程、(ii)UHC のカバー範囲を広 げるために必要となる医療財政政策、(iii)UHC 達成に向けて必要となる保 健医療人材確保に関する政策、という 3 つのテーマを中心とする共通の分析 枠組みに基づいて作成された。これらのテーマを選択したのは、政治経済的 な状況は政策決定を形成する上で重要な役割を果たすが、研究分野として比 較的軽視されており、医療財政と保健医療人材は保健医療システムにおける 不可欠な要素にもかかわらず個別に分析されることが多く、それらの相互作 用が体系的に分析されることが少ないからである。 4 政治経済的な 状 況 国際開発においては、政治経済的な課題が十分に考慮されないと、綿密に 策定された技術的な解決策もほとんど実効性を持たないということが認識さ れつつある。また、社会経済改革の実現を左右するものとしての政治経済学 の重要性に対する認識も高まっている。UHC 改革においては保健医療セク ター内および世帯間の資源再分配を意図的に行うことになるため、これらの 政策は政治的なトレードオフや交渉を伴わざるを得ない。したがって、政治 情勢を把握し、各利益集団と交渉することは、UHC 達成を目指すにあたって 不可欠な要素である。 本研究では、(i)UHC 目標を導入する、(ii)カバー範囲を拡大する、(iii) カバー範囲の不公平を減らすという、個別の政治経済の課題に直面する 3 つ の UHC 政策過程を同定した。 UHC 目標を導入する 11 カ国の研究では、大規模な社会、経済、政治的な変化に伴って、UHC が国家目標として導入され得ることが示唆された。たとえば、インドネシア、 タイ、トルコでは金融危機後に、ブラジルでは再民主化時に、フランスと日 本では第二次世界大戦後の復興期に、UHC が国家的優先課題となった。 これらの国では、大きな変化の中で利益集団の改革への抵抗を打破する好 機が生じ、革新的な手法を採用し、UHC 目標を導入したり推進したりする ことができた。この間には国民の多くを巻き込んだ社会運動が起こり、政治 指導者が多様な集団から支持を集め、大規模な改革を推進するための国民の 連帯感を高めることもできた。例えば、トルコで UHC 政策が導入されたのは、 国民の幅広い支持を集めた保健大臣と国家元首が強力なリーダーシップを発 揮したことが追い風となった。ブラジルとタイでは、UHC を政治課題に位置 づけ、政府首脳に改革を承認し実施を促す上で、社会運動が触媒の役割を果 たした。 11 カ国の研究では、経済成長が、その後の UHC の対象範囲拡大を後押し する上では重要ではあるものの、UHC 政策導入の必要条件ではないことも明 らかになった。ブラジルの UHC への取り組みは、経済成長が鈍化した時期に、 概要 5 民主化運動に後押しされる形で高まった。タイは、経済成長見通しがまだ不 透明なアジア金融危機後の 2002 年に国民医療保険制度を公約した。グルー プ 1 の国(バングラデシュとエチオピア)は、重大な経済的制約に直面して いるが、国家的抱負を表す方法として、また改革を実施するための社会的・ 政治的支持を集める手段として、UHC を政策目標として導入した。 UHC のカバー範囲を拡大する 国によってひとつのプログラムもしくは複数のプログラムを通じて、全て の人口をカバーしようとしてきたが、11 カ国はいずれも UHC 拡大に向けて 段階的なアプローチを採用した。対象範囲を全人口に拡大することが困難で あることから、こうした一歩一歩段階的に推し進めていくアプローチがとら れた。制度面・技術面の能力を開発して取り組みを支援・維持し、さまざま な利益集団から政治的支持を集めるには時間がかかるのである。 UHC のカバー範囲を拡大する過程において、多くの国は、既に決定した 政策や戦略の見直し、修正、また場合によっては取り消しを迫られた。カバー 範囲を広げることに成功した国では、過去の経験から学び、修正策を講じて きた。これは特に、大きな進展が見られるが、その取り組みを維持する上で 大きな課題に直面しているグループ 2 の国で顕著な特徴である。例えば、ガー ナは国家プログラムで地域密着型の複数の計画を統合した国家健康保険制度 (NHIS)を策定してから 10 年が経過したが、これを事業再評価の機会とし て利用した。同制度は人口の 36% を網羅したが、受給者 1 人当たりの支出 が収入を上回っているため、持続可能性の問題に重点的に取り組まなければ ならない。ベトナムでは、保健省とベトナム社会保険庁(医療サービス購入者) が国民医療保険制度の徹底的な評価を実施し、今後の医療保険法の改正での 統合調整を提案している。インドネシアとペルーも、UHC に向けた進展を加 速する大規模な取り組みの中で、複数の保険制度を統合する方向である。 保健・医療サービス提供のカバー範囲の不公平を是正する 本研究に含まれる社会保険制度を確立した国は、まず公務員とフォーマル セクターの労働者を適用対象とした。これらの集団は、政治的な影響力が大 きく、既存の医療施設に近く立地する都市部に居住し、納税を通じて政府と 6 の制度上の関係を築いている。貧困層と社会的弱者に適用範囲を拡大するに は、利益集団との駆け引きを乗り越え、社会から取り残された集団の意見を 守るため、政府の強力なコミットメントが必要になる場合が多い。グループ 3 の国は、社会運動と政治的リーダーシップが結びつき、政治的障害を克服 する上で触媒の役割を果たした事例である。ブラジルとタイでは社会運動家 は、UHC の拡大の一翼を担い、対象範囲拡大に対するアカウンタビリティ(説 明責任)を求める政府機関に所属するようにもなったようになった。 国別研究では、UHC の対象範囲を拡大する段階的アプローチを取ると、 適用水準の異なるさまざまな人口集団に複数のリスクプールが生じることが 明らかになった。複数のリスクプールが一旦確立されてしまうと、これら複 数のプールを統合または調和することは組織化された利益集団の間で資源を 再分配することになるため政治的に難しくなることが多い。グループ 2 の 国は、こうした課題への対処に努めている。ガーナは、リスクプールを統合 するための基盤として国レベルの医療保険体制を確立し、インドネシア、ペ ルー、ベトナムも、複数のリスクプールを統合・調和し、UHC の対象範囲の 公平性を高めるために重要な手段を講じている。 医療財政 医療財政に関して、本研究では、各国の経験を(i)UHC の対象範囲を拡大し、 維持するために医療財源を確保する、(ii)金額に見合う価値(バリュー)を 実現する、(iii)資源のプーリングと再分配を効果的に管理することによって 公平性と経済的リスクからの保護を担保する、という 3 つの分野で評価した。 医療財源を確保する UHC の対象範囲拡大には公的支出の増大が必要となるため、研究に含ま れる全ての国は、UHC 政策およびプログラムの財源を見つける際に課題に 直面した。各国は、UHC 実施に必要な予算を確保するさまざまな手法を見 出した。政府予算を医療に優先的に割り当てることは、マクロ経済成長と共 に、各国が UHC の適用範囲を拡大し、医療費負担からの経済的リスクから の保護を改善する上で重要である。本研究では、政府が医療のための特定財 概要 7 源のような明示的な財政上の公約を伴って UHC に対する政治的コミットメ ントを示すことは多くなく、明確な医療のための特定財源を有していたのは 11 カ国中 3 カ国(ブラジル、フランス、ガーナ)のみであった。UHC を達 成できたその他の国は、特定財源を持たなかったものの、政策的には一貫し て医療への予算配分を手厚くしていた。 多くの国は UHC の財源の多様化に努め、その戦略は UHC に至る過程の 各段階で国ごとに異なる。フランスと日本は、給与税への過度の依存から脱 却することを目指し(高齢化により、この財源だけでは十分な歳入を生み出 さくなってきたため)、他の税収に目を向けつつある。ブラジルでは、民間の 任意医療保険(当初は法定の UHC の対象範囲を補完するために導入された ものである)が成長し、統一保健医療制度(SUS)の医療サービスの質が実 際に低かったり、国民の間で質が悪いというイメージがあったことから、そ のシェアは次第に伸びていった。その結果として、実質的な自己負担の割合 が高くなり、医療に関する経済的リスクからの保護が十分に機能しなくなっ てきている。タイなどの大きなインフォーマルセクターを抱える国では、給 与税を通じて UHC の対象範囲を拡大することは難しく、一般歳入を通じて 医療への配分を拡大している。対照的に、バングラデシュやエチオピアなど の低所得国は、社会保険計画に基づいて新たに給与税を導入することで、厳 しい課税ベースを拡大しようとしている。しかし、こうした手法は、政府の 持っている資源をフォーマルセクターの労働者に多く分配し、それほど裕福 でない農業従事者やインフォーマルセクターの労働者に分配される資源を減 らすことになるため、公平性への重大な影響を伴う。 支出を適切に管理し、費用に見合った価値を実現する 11 カ国はいずれも、UHC を達成または維持する上で、厳しい財源の制約 に直面している。したがって、UHC の全ての段階で支出をしっかりと管理 することが不可欠である。本研究では、上限設定のない出来高払い制度は一 般的に医療費増大をもたらし、そのため多くの国が医療費抑制策を導入して いることが明らかになった。ただし、そうした措置は、一方で UHC のカバー 範囲と医療費に対する経済的な保護の効果を縮小してしまう可能性もある。 制度に関する財源全体を慎重に管理し、効率性を向上させるような施策を 8 戦略的に活用している国では、UHC のカバー範囲を縮小することなく医療費 管理に成功している。例えば、タイとトルコでは、より多くの人々に便益を もたらすための効果的な政策として、給付内容の拡大のために、医療サービ スと医薬品の優先順位の設定、製薬企業との粘り強い交渉、医療機関への支 払い制度の変更などバランスの取れたアプローチを実施している。フランス では、国の歳出目標の設定、プライマリ・ケアおよび急性期医療の医療提供 者支払い制度の改革、国の厳格な監視による医療保険支出の管理強化などの 措置により、20 年にわたる保健財政の赤字が近年になって減少し始めた。 日本は、独自の出来高払い制度を有しているが、これは、診療報酬を 2 年 に 1 回改定することによって医療費全体を抑制し、包括的な枠を設定する、 という独自の方法である。同国は、高額医療費の自己負担額の上限を制限す ることで、家計を経済的なリスクから保護している。これらの仕組みは、国 による医療費抑制策によって UHC のカバー範囲が縮小しないよう、バラン スを取るのに役立っている。医療費を管理する他の事例としては、プライマ リ・ケアの適切な利用や、優先度の高い医療サービスを提供する施設に対し て当該分野への投資を促進したりするなど、より費用対効果の高い医療サー ビスの活用を促進することが含まれる。 リスクプーリングの管理と資源の再分配 本研究では、全人口に医療サービスを提供するには、富裕層から貧困層へ、 低リスク層(若年層など)から高リスク層(例えば高齢者など)へと、さま ざまな形の財政的な再分配が必要であることが明らかになった。グループ 3 の国では、UHC への移行に応じて、制度間の公平性を改善するため、保険制 度の統合が行われた。トルコは、複数の保険制度をひとつにまとめ、統合と 財政調整を実現する大規模な改革を実行した。ブラジルの 1988 年憲法では、 一般税収を財源とする SUS の下に複数の制度を統合した。タイは 2001 年に、 最大数の受益者を網羅し、このグループ内の受益者間の財政調整と公平な経 済的リスク保護を保証する国民医療保険制度の下に 2 つの大規模な保険制度 を統合した。しかし、タイでは、依然として 3 つの保険制度が存在し、制度 間での再分配が不十分であるため、受益者 1 人当たりの支出に歪みが生じて いる。 概要 9 グループ 2 に属する国のうち、ガーナは、複数の保険制度の統合に向けた 施策を講じている。ガーナは、国家健康保険法の下にひとつのリスクプール を持つ。このプールは、NHIS 自体の再分配機能とこの制度の財源の大部分 をまかなう累進課税によって、富裕層から貧困層に資源を再分配する役目を 担っている。ベトナムは複数の財源を統合しようとしているが、財源のプー リングと支出の相互補助は、実際には不完全なままである。インドネシアと ペルーは、最近、複数の保険制度をさらに調和するための法案を可決した。 グループ 4 のうち、日本は複数のリスクプールを維持しながらも、制度全 体で標準化された医療サービス給付と医療提供者への支払い制度、政府内で の補助金の移転、保険制度間の財源の移転を組み合わせることで、負担と支 出における公平性を維持してきた。しかしながら、これらの資源再分配の構 造は、急速な高齢化のスピードに追いつけておらず、異なるリスクプールと 保険制度から徴収される保険料の格差が拡大しつつある。日本がもし複数の リスクプールをひとつに統合できれば、財政移転と再分配を実現しやすくな ると考えられる。しかし、より裕福で既得権益を得ている保険制度が保険料 率の引き上げを望まないため、すでに確立された複数の保険制度を統合また は調和させることは政治的に難しいと考えられる。 保健医療人材 十分な訓練を受けた意欲のある保健医療人材の育成は、国家的な UHC 戦 略にとって重要な要素である。11 カ国はいずれも、UHC にかかわる保健医 療人材の育成、パフォーマンス、配置に関して、大きな課題に直面している。 保健医療人材不足への対処 UHC に取り組む各国は、増大し変化する医療サービスへの需要を満たす ため、保健医療人材を増員する戦略を策定する必要がある。本研究の中心と なる教訓のひとつは、各国は UHC 達成へのコミットメントに合わせて、医 療サービスの提供能力を強化する必要があるということである。この医療 サービス提供能力は資格を有し意欲のある保健医療人材の数に大きく依存す る。保健医療人材の不足は世界的な課題であるが、UHC の導入および拡大 10 の初期段階(グループ 1 および 2)にある国で特に切実な問題である。これ らの国で UHC に向けた保健医療人材の数値目標を達成するには、教育とサー ビス提供に関する従来のモデルを再考する必要がある。 一部の国は、採用プールを拡大し、柔軟な雇用機会と従来とは異なる経路 で保健医療人材になれる方法を設けることで、保健医療人材を短期間で増や すことに成功した。保健医療人材の新しいカテゴリーを設けることで、教育 期間を短縮し、より迅速に人材を養成・配置することができる。この例として、 ブラジルの地域保健員(community  health  workers)や、エチオピアの保 健普及員(health extension workers)などが挙げられる。これらの戦略は、 十分なサービスを受けられない地域および専門分野で保健医療人材の数を確 保し、医療サービス提供体制を強化するのに役立つ。しかし、そのためには、 医療サービスの提供方法を変え、各カテゴリーの医療人材の慣行や職務の範 囲を再定義し、教育に関する規則と訓練・実務の基準を改正することが求め られる。これらの改革は学会や専門家集団からの抵抗にあう可能性があるた め、改革の政治経済学的な側面をきちんと理解することが重要となってくる。 保健医療人材のパフォーマンスの向上 保健医療人材の数を増やすだけではなく、保健医療の質と適切な技能を保 証するための管理と規制改革が伴わねばならない。これは、教育の質に関す る十分な規制が追いつかない状態で、公的および民間の教育機関が短期間に 増加したグループ 1 および 2 の国において特に重要である。これらの国は、 医療の専門家を育成するための質基準を統一化し強化することに重点を置い ている。 しかし、保健医療人材の数を確保するだけでは、効果的な医療サービス を提供する上で十分とは言えない。保健医療人材が意欲と能力を発揮し、期 待される医療水準に従って業務を遂行するには、安全で支援体制のしっかり 整った労働環境が必要である。各国は、P4P(ペイ・フォー・パフォーマンス: 実績に基づく支払い)など、保健医療人材のパフォーマンスに対するより直 接的なインセンティブを導入するためにさまざまなアプローチを模索してい る。各国の経験から、金銭的インセンティブは有効であるものの、それだけ では十分とは言えないことが明らかになっている。同僚からの評価や支援な 概要 11 どの非金銭的インセンティブは、インセンティブ制度の設計に盛り込むべき 重要な要素である。医療提供体制を整備し、適切なスキルミックス(多様な スキルを持った人材の組み合わせ)のチームを組織したり、必要な備品や設 備を備えたりすることも、保健医療人材のパフォーマンスの向上にとって重 要である。 保健医療人材のよりバランスのとれた配置 11 カ国はいずれも保健医療人材の不均等な配置という課題に取り組んでい る。この問題は、グループ 1 および 2 の国、特に地方とへき地で保健医療人 材を募集し定着させることが大きな課題となっている。グループ 3 の国では、 保健医療人材の配置における地理的格差の大幅な改善が見られており、この 国々の経験から有用な洞察を得ることができる。地方と都市部における保健 医療人材配置の格差は、金銭的および非金銭的インセンティブを複数組み合 わせることで縮小することができる。これらのインセンティブには、労働環 境の改善、医療施設での支援的な指導体制、十分なサービスを受けていな い地域から(例えば奨学金や定数割り当てなどを通じて)学生を募集し、当 該地域で診療行為を行うのに適した教育制度を整備することなどが含まれる。 地方における診療の義務化も、十分なサービスを受けられない地域への保健 医療人材の配置を促進する政策である。 グループ 3 の国は、地理的格差を縮小するためにこれらの政策を組み合わ せており、グループ 2 の多くの国は、同様の多面的な方法によって政策を策 定および実施している。グループ 3 の国の経験から、プライマリ・ケア従事 者に資源を投資し、彼らの労働環境を改善することが、保健医療人材の不均 等な配置を改善するのに不可欠であることを示唆している。なぜならば、病 院部門への支出は医療労働人口を都市部に偏らせる傾向がある一方で、プラ イマリ・ケア従事者への投資は医療過疎地域で医療サービスが拡大し、格差 を縮小させる傾向があるためである。 12 結論 各国は UHC に取り組み、目標達成に向けて進む中で、何かに妥協したり、 競合する要求のバランスを取らなくてはいけないような課題に継続的に直面 している。政策立案者が迫られる決断の中には、カバー範囲を拡大するもの もあれば、逆に縮小してしまうものもある。成功した国々では、総じてカバー 範囲を拡大するような政策を選択してきており、過去の課題から教訓を得て、 必要なアプローチを適用してきた。他国から教訓を得て、それらを自国の状 況に適応させることは、その国を UHC に向けて前進させ、より適切な政策 決定を行いやすくし、現実の世界でそれらの政策を導入するにあたってより 適切に対処することに役立つと考えられる。 世界中の全ての国が、国民の健康と福祉を向上させ、包括的かつ持続可能 な開発を実現するために、UHC を目指す可能性がある。医療サービスのカバー 範囲が非常に限定的な低所得国であっても UHC を目指すのに時期尚早とい うことはない。低所得国でも、制度面での能力の構築に着手し、他国の経験 から教訓を得て、世界中の革新的なアプローチを採用して、医療サービスの カバー範囲の拡大を加速させることができる。UHC に関する優先事項、戦略、 実施計画は、現地の状況に応じて国ごとに異なる。しかし、上記の主要政策 メッセージは、全ての国が発展し、UHC に向けた独自のアプローチ(特にア カウンタビリティを果たした透明性の高い政策策定のアプローチ)を取るの に役立つ。国際社会は UHC に向けた取り組みにおいて、低所得国と協働し 支援することにコミットしている。日本政府と世界銀行グループには、各国 がこの目標を達成できるよう支援する用意がある。 13 第1章 ユニバーサル・ヘルス・カバレッジの目標 どの国でも、貧困に終止符を打ち、繁栄を共有するには、全ての人々の健康、 教育、社会的保護のための人的資本への投資を基盤とした、包括的かつ持続 可能な開発戦略が必要となる。これを達成するために、世界中でユニバーサ ル・ヘルス・カバレッジ(UHC)達成に向けた動きが高まっている。UHC とは、 医療サービス(予防、健康増進、治療、リハビリ、緩和ケア)を必要とする 全ての人が、不当な経済的困難に陥ることなく、医療サービスを受けられる 状態、と定義されている(WHO  2010 −図 1.1 を参照)。UHC は 3 つの互 いに関連する要素から構成される。その 3 つの要素とは、(i)必要に応じた 広範な医療サービスを享受できること、(ii)利用した医療サービスに対する 医療費の直接支払いによる経済的負担から保護されること、(iii)全人口がカ バーされていることである。 UHC に対するアプローチはひとつではない。国の医療保険制度を通じて 公的および民間の医療提供者から医療サービスを購入するシステムによって UHC の実現を目指している国がある一方で、公的機関が医療サービスを直接 提供することによって医療へのより良いアクセスを確保している国もある。 好機:UH C は 包 括 的 か つ 持 続 可 能 な 発 展 に 寄 与 す る 世界銀行グループは、2030 年までに極度の貧困を撲滅し、共に繁栄して いくという目標に向けて、各国がより健康で公平な社会を構築し、財政状 態と経済競争力を向上できるよう支援することを目指している。世界銀行グ ループは、家計が医療費の負担によって貧困状態に陥らないよう、UHC の推 進に取り組んでいる。各国は、公平な医療財政と社会の全構成員に対する確 実な社会的保護の施策を兼ね備えたモデルを導入することによって、この不 公平な現状に立ち向かうことができる。世界銀行グループは、各国人口のう 14 図1.1  UHCの3つの軸(「UHCの立方体」) 出典:WHO Webサイト<http://www.who.int/health̲financing/strategy/dimensions/ en/> ち最下位 40% の貧困層が質の高い医療サービスへのアクセスを得られるよう に格差是正に努める。このためには、医療に対する投資と支出が、健康アウ トカム、公平性、そして持続可能性の向上に確実に寄与するような保健医療 システムを構築する必要がある。 これらの目標に向けた進捗を測るため、世界銀行グループは、以下の 2 つ の包括的な目標を掲げている。 ・医療費による経済的負担からの保護に関しては、2020 年までに、医療 費の自己負担により貧困状態に陥る人数を半減することを目標とする。 2030 年までには、こうした費用により貧困状態に陥る人をなくす。(人 数:医療費により貧困状態に陥っている年間の人数を現在の 1 億人[Xu  et  al.  2007]から 2020 年までに 5000 万人に減らし、2030 年までにゼ ロにする) ・医療サービス提供体制に関しては、各国の最低所得層の少なくとも 5 人 に 4 人が基本的な医療サービスへのアクセスがある状態を目標として設 定する。この目標は、保健関連のミレニアム開発目標と家族計画に加え、 最も有病率の高い慢性疾患と外傷をカバーする。 健康アウトカムの改善は、全ての個人が能力を強化し、仕事を得るための 競争に加われるようにすることで、繁栄と機会を共有し、包括的かつ持続可 第1章 ユニバーサル・ヘルス・カバレッジの目標 15 能な発展を実現するために不可欠である。ブラジル、フランス、日本、タイ、 トルコなどの多様な国々が UHC を達成し、これらの国々は UHC 制度が国 民の健康と福祉を向上させると同時に、公平性と持続可能性の原則に根ざし た経済成長と競争力の基盤を築くことができるということを実証している。 課題:導入、達 成 、 維 持 UHC は、国の大きな目標となるが、政府が目標として掲げた後も、それ を達成し、維持するためには、多くの障壁が残る。不公平または効果的でな い制度を覆そうとする改革の前に、既得権益を持つ利益団体が立ちはだかる ことも多い。医療資源の利用状況、そして、それが医療の質や安全、有効性 に与える影響を測定し、説明することが難しいこともあり、医療サービス自 体、市場の失敗の影響を極めて受けやすい。もうひとつの課題は技術革新で ある。人口動態や疫学上の変化に従って、医療サービスに対する需要も変化 していく。同様に、技術革新が進むにつれ、サービスの基準が変わり、適切 で公平な配分に加え、安全、効果、質に関する課題が浮上してくる。 UHC を達成した国でも、ステークホルダーの効果的な関与、資源とサー ビスの公平な配分、プログラムの効果的な管理が求められる。そのためには、 質を向上させる仕組みや UHC のカバー範囲・質に関する規則といった、継 続的なモニタリングと評価が必要となる。それらはいずれも、公的および民 間の貴重な資源を UHC の優先課題のために活用し、UHC の維持に大きく効 果的に寄与することを確実にするためのものである。人々のニーズに対応し、 状況の変化に適応できる弾力性のある保健医療システムを支える強固な統治 構造を確立するには、議員、政策立案者、医療専門家、財界人、一般市民を 含め、全ての人々のコミットメントが必要になる。 世界保健機関(WHO)と世界銀行グループは、国の保健医療システムの パフォーマンスをモニターする包括的な枠組みの一部として、UHC の進捗 状況を測定するための共通枠組みを共同で策定している。この枠組みは、国 の保健医療システムの下で提供されている医療行為の範囲と、医療費負担に よる経済的なリスクからの保護という 2 つの個別の要素に重点を置いており、 いずれも公平性を重視している。 16 本書が示す研究結果は、世界銀行グループが UHC に関して実施してい る他のイニシアチブを補完するものとなっている。UHC 課題プログラム (Universal Health Coverage Challenge Program:UNICO −コラム 1.1 を 参照)では、貧困層と社会的弱者への医療サービスのカバー範囲拡大を目指 すプログラムに焦点を当て、25 カ国の事例研究を実施した。UNICO はさらに、 現時点で各国が UHC 政策を導入する能力をどの程度有するか評価する UHC 評価ツール(Universal  Health  Coverage  Assessment  Tool:UNICAT)を 開発した。これらの取り組みは、UHC に関する科学的根拠を収集し、UHC 達成に向けて歩みを進める国々が活用できるツールを開発するための世界的 な取り組みの一端である。 コラム 1.1      UH C 達 成 に 向 け た ツ ー ル −− UN IC O お よ び U N IC AT 世界銀行は、UHC 達成に向けた各国の取り組みを支援することで、極度の貧困 の改善と繁栄の共有を促進している。同様に、UHC は、健康アウトカムを向上させ、 病気に伴う経済的リスクを緩和し、全ての人々の公平性を向上させることを目標と して掲げている。世界銀行グループは、UHC の達成には多くの道筋があることを 認識しており、特定の組織や財政手段を支持することはない。UHC に向けてどの ような道筋を取るかにかかわらず、各国が UHC を導入し、達成するために制定す る(または再制定する)制度や組織の質は、UHC を維持するために極めて重要である。 UNICO は、UHC 達成を目指す際に用いるツールボックスを開発し、共有する ことを目的としている。ひとつ目の取り組みは、ボトムアップで(すなわち、最 初に貧困層および社会的弱者を対象とする)UHC の範囲を拡大するよう設計され た 25 カ国のプログラムの「仕組み」に関する事例研究の準備が含まれる。これら の研究結果は、世界銀行グループの UHC 研究シリーズとして刊行されており、25 カ国を比較した統合報告書は 2014 年下旬に刊行される予定である。この統合報告 書は、UHC の立方体を拡大する試み、保健・医療サービスの供給と提供方法、導 入する時にアカウンタビリティを保証するための監視、という 3 つを要素とする枠 組みを使うことで、各国が、効率性、財政的な持続可能性に重点的に取り組むこと ができるよう支援するものである。2 つ目の取り組みは、UNICAT の開発によって、 各国とパートナーがその国の UHC 政策実施能力の長所と短所を評価できるよう支 援することである。このツールは客観的な能力の評価を可能にするだけでなく、各 国で UHC を実現するための構造的・政治的な障壁に関して幅広い専門家の意見も 得られる。このツールは、15 カ国で試行されており、その結果を現在検証してい るところである。 第1章 ユニバーサル・ヘルス・カバレッジの目標 17 参考文献 WHO.  2010.  . Geneva. http://www.who.int/whr/en/index.html WHO  and  World  Bank.  2013.  “Monitoring  Progress  Towards  Universal  Health  Coverage  at  Country  and  Global  Levels:  A  Framework.”  A  discussion  paper.  http://www.who.int/healthinfo/country̲monitoring̲evaluation/UHC̲WBG̲ DiscussionPaper̲Dec2013.pdf. Xu,  K.  D.  B.  Evans,  G.  Carrin,  A.  M.  Auilar‑Rivera,  P.  Musgrove,  and  T.  Evans.  2007.  “Protecting  Households  from  Catastrophic  Health  Spending.”   26 (4): 972‑83. 19 第2章 目的、範囲、分析の枠組み 目的と範囲 本研究では、ユニバーサル・ヘルス・カバレッジ(UHC)政策がどのよう に実施されたか、それらの政策が期待された結果につながったかどうかを説 明することを目的として、詳細な国別事例研究を実施し、UHC 政策の設計・ 実施とその結果を体系的に分析した。研究対象国として、UHC 達成に至る異 なる段階にある 11 カ国が選定された。 研究対象国は多様性を考慮して慎重に選ばれた(表 2.1)。UHC 導入の初 期段階の国から UHC プログラムが十分に確立された国まで、また地理的分 布や、その医療財源、医療の提供体制もさまざまである(社会保険の国もあ れば国民医療サービスの国もある)。さらに、各国の歴史的背景(例えば、フ ランスと日本では第二次世界大戦後の時期の改革、バングラデシュでは 21 世紀に入ってからの改革)も多様である。これらの国は、UHC 達成に向けた コミットメントや、研究の分析枠組み(次節の「分析の枠組み」を参照)に 含まれる主な政策課題を追究できる状況にあるかも考慮して選択された。各 国は、UHC の導入、達成、維持のいずれの段階にあるかに基づき、4 つの大 まかなグループに分類された。 事例研究の手法が選ばれたのは、各国が UHC 目標を達成するにあたって、 「どのように」さまざまな政策手段を併用しているのかという点を重視したか らである。事例研究の分析結果は、一般論としての解決策を示すためのもの ではなく、UHC 率が上昇(または低下)した国が選択した施策について説明し、 成功(または失敗)事例を教訓として他国と共有することを目的としている。 また、研究結果は、現時点で欠落している知識を同定し、将来の研究に生か すという目的も有している。 20 表2.1 研究対象国の概要 特性 グループ 1 グループ 2 グループ 3 グループ 4 UHC 政策  目標を設定し、新しい 新規のプログラムおよ 強力な政治的リーダー 成熟した制度とプログ およびプログ プログラムを試験的に び制度が整備され、導 シップと国民からの要 ラムを有している段階。 ラムの状態 導入し、新しい制度が 入に向けた取り組みが 請によって、UHC に対 変化する需要に応える 策定される段階 進められている。カ する新たな投資と UHC ために調整を行い、そ バー範囲を対象外だっ 政策の改革が進められ れを制度に適用させる た人々へも広げるため、 ており、新たな要請に ことができる さらに制度を発展させ、 応えるための制度とプ 能力を構築していくこ ログラムを開発してい とが必要な段階 る段階 カバー率 低い人口カバー率、 人口の多くが経済的に 全人口をカバーできて UHC が維持されてお UHC 達成に向けた初期 守られた形で保健・医 いるものの、経済的リ り、全人口は医療サー 段階にある 療サービスを利用でき スクからの保護と医療 ビスへの包括的アクセ ているが、全人口をカ サービスの質の面でま スと実際的な経済的リ バーするところまで だ改善の余地がある スクからの保護を享受 至っておらず、医療サー できている ビスへのアクセス、お よび経済的リスクから の保護の点でまだ格差 が残っている 該当国 バングラデシュ ガーナ ブラジル フランス エチオピア インドネシア タイ 日本 ペルー トルコ ベトナム 本プログラムには、日本の 50 年に及ぶ UHC の経験に関する詳細な研究も 含まれている。その狙いは、日本における UHC 率の上昇(または低下)に つながった政策を同定し、低中所得国の教訓にすることである。本書と合わ せて刊行される『包括的で持続的な発展のためのユニバーサル・ヘルス・カ バレッジ:日本からの教訓』(池上 2014)に、要点が収録されている。 分析の枠組み UHC の達成に影響を及ぼす関係者は多様で、彼らの相互作用が複雑であ ることから、カバー範囲の拡大または縮小につながる主因と過程を特定する ことは難しい(Kutzin  2012)。このため、保健医療システムと UHC に関す る研究は、実施した政策やその結果を測定・評価しやすくするため、制度を 構成要素に分け、個々の構成要素の関係性について別々に分析する傾向が あった。しかしながら実際には、政策立案者は、保健医療システムのあらゆ 第2章 目的、範囲、分析の枠組み 21 る側面に同時に介入しなければならず、より包括的なアプローチによって複 雑なトレードオフを解決し、そうした多面的な介入による相乗効果をうまく 利用する必要がある。例えば、保健医療財源に関する政策は、医療従事者の 供給、配置、パフォーマンスに関わる政策に重大な影響を及ぼすと同時に、 逆にそれらの影響も受ける。これらの政策分野間の相互作用は、本書で考察 するトピックのひとつである。 事例研究の分析を行うに当たっては共通の枠組みを用いて、政策自体およ 「政治経 びカバー範囲の拡充または縮減への影響を考察した。事例研究では、 済とその政策形成、意思決定、実施プロセスへの影響」「保健医療財政に関わ 「保健医療人材を中心とした医療サービスの提供シス る制度および関連政策」 テム」という 3 つの側面を重点的に分析した(図 2.1)。 図2.1 カバー範囲の決定要因となる保健医療システムの要素 保健医療財政の制度には、財源を動員し、リスクプールを管理し、医療サー ビスへの支払いを行なうことが含まれる。医療サービス提供体制には、医薬 品、医療機器・材料、技術、インフラ、そして最も重要な要素として、サー ビスを提供し保健医療のあらゆる側面に介在する保健医療従事者といった、 幅広い医療資源への投資が含まれる。政治経済状況および政策立案過程は、 政策決定やその実施方法を形成する際に重要な役割を果たす。事例研究では、 22 これら 3 つの側面の相互作用も考察している。なお、本事例研究では、医療サー ビスの需要者(患者)側に立った政策およびプログラムや、技術革新の影響 と重要性に関する詳細な分析など、他の多くの重要なテーマは取り上げてい ないが、このことは、これらの問題の優先度が低いことを意味するものでは ない。 参考文献 Ikegami,  N.  2014.  . Washington, DC: World Bank(邦訳:池上直 己編著(2014)『包括的で持続可能な発展のためのユニバー サル・ヘルス・カバレッ ジ:日本からの教訓』 (公財)日本国際交流センター) Kutzin, J. 2012. “Anything Goes on the Path to Universal Health Coverage? No.”   90: 867‑868. 23 第3章 各国の経験から浮かび上がる教訓 各国がユニバーサル・ヘルス・カバレッジ(UHC)を導入し、その達成 と維持に向けた各段階を進むにつれて、競合する需要間のトレードオフやバ ランス調整といった課題に直面し続けることになる。そして、その時々の各 国の選択次第で、カバー範囲は拡大もし、縮小もする。政治的妥協や財政難 による圧力によって、一部の人口集団を適用範囲から除外したり、医療給付 内容や医療へのアクセスを制限したり、自己負担額を増額するという決定に つながった場合、さまざまな「カバー範囲」の異なる次元(人口のカバー率、 カバーされる保健・医療サービスの種類、医療費による経済的負担からの保 護)のいずれかの点において、カバー範囲が縮小される。医療提供者への戦 略的支払い制度を支える政策、あるいは、十分交渉された薬価や対象を絞っ た補助金などの政策は、医療費を抑えて医療に用いることのできる資源を増 やし、より充実した経済的負担からの保護の下で、さらに多くの人々に質の 高いサービスへのアクセスを改善することで、カバー範囲を拡大させること ができると考えられる。 採用する政策がカバー範囲を拡大するのか縮小するのかはっきりしないこ とがある。UHC 範囲を拡大する政策であっても、それが行きすぎると、財 源、人材、その他の資源への圧力が次第に高まり、そのカバー範囲が縮小に 転じてしまう。例えば、より費用対効果の高いプライマリ・ケアに患者を振 り向けるような、戦略的な自己負担額の設定は、カバー範囲を拡大する一方 で、医療サービスへのアクセスの障壁にもなりうる。トルコは製薬企業と価 格交渉し、全体的な支出上限を設け、2008 年以降、UHC における薬価を低 く抑え、浮いた財源でカバー範囲を拡大させることができた。しかし、この 手法により製薬企業の収益が減少したため、医薬品市場への参入や医薬品市 場改革に鈍化の兆しが見え始めた。これでは結果的に医薬品へのアクセスが 損なわれる可能性がある。 24 そのため、UHC に向けた各段階では、制度のどこに圧力がかかっている か、財務バランスを維持し、資源を再分配し、インセンティブを調整するには、 どこに新たな圧力をかければ良いかを定期的に評価して、常にバランスを再 調整する必要がある。最終的に、UHC の達成と維持に最も成功している国は、 重大な局面で、諸事情を考慮した上でカバー範囲を拡大する選択を行い、過 去の過ちから学び、継続的に教訓を生かし適合していく制度を確立してきた。 次節では、UHC の達成と維持に成功している国のひとつである日本の経 験について説明する。社会経済情勢が変化する中で適用範囲を維持するため に必要な改革の複雑さや、継続的なコミットメントと調整の重要性が示され ている。 特集−− UHC の達成および維持に関する日本の経験 1 日本の政治的および歴史的背景を考察すると、さまざまな政治情勢の下 でも、同国が UHC に対して長きにわたってコミットしてきたことが分かる。 日本は、第二次世界大戦前から、戦争への備えの一環として、健康な労働者 を育成するために UHC に向けて動き出し、戦時中も拡大を続けた。戦後復 興につながる社会的連帯を醸成するという国家目標として、また、社会主義 ならびに共産主義運動に連なる野党からの挑戦に対抗する方法として、与党 は戦後、UHC を採用した。 適用範囲をインフォーマルセクターや、その他の適用対象に含めるのが難 しい集団まで拡大するために、さまざまな形での義務化が結果的には必要と なった。日本は、自治体が運営する居住地に基づく健康保険制度(国民健康 保険)により、適用範囲をインフォーマルセクター、自営業者、失業者にま で拡大した。この制度は、はじめは任意加入保険として導入され、政府から の補助金を増額して受益者を増やすことで、徐々に拡大していった。適用範 囲が 80% を超えた自治体では全居住者に加入が義務付けられ、他の医療保険 制度に含まれない人が自動的に国民健康保険に加入することとなった。1961 年に、最後の自治体が国民健康保険制度を導入し、加入が義務化されたこと 1  本項は、本書と対をなす『包括的で持続的な発展のためのユニバーサル ・ヘルス・カバレッ ジ:日本からの教訓』(池上 2014)の要点をまとめたものである。 第3章 各国の経験から浮かび上がる教訓 25 で、日本は UHC を達成した。 経済成長は、UHC 実現のための財政余地をもたらした。日本の「所得倍 増計画」は、UHC の拡大と維持を後押しした。1950 年代半ば、国民の半数 近くが貧困ラインに近い生活をしていたが、経済学者の下村治が設計した計 画を、池田勇人総理大臣が 1960 年に導入し、1960 年代には高度経済成長 を遂げることに成功した。この計画は、年間国内総生産(GDP)成長率 11% を達成することで、1 人当たりの実質所得を 10 年間で倍増することを目的と していた。現実に、1967 年までに国民所得は倍増し、これにより日本国民 は社会保険料を支払う余裕がさらに生まれ、政府はより多くの財源を保健医 療に割り当てられるようになった。 再分配の仕組みと、給付と支払いシステムを調和させるための政策は、複 数の保険制度間の不平等を緩和する上で重要な役割を果たした。日本は、異 なる被保険制度のグループをカバーする複数の保険制度を通じて、その適用 範囲を徐々に拡大していった。その後、給付水準が同じになるように給付制 度を調和し、同じ年齢集団では同じ費用負担となるようにしていった。ただ し、保険制度間で加入者の年齢分布とリスク因子に不均衡があるため、これ らの給付基準を満たすための財政基盤は保険制度間で異なる。これらの不均 衡に対処するため、国、地方自治体、そして他の医療保険制度から国民健康 保険制度への財源の移転が行われ、さらに国民健康保険制度の間でも、リス ク因子の高い加入者の割合の多い制度に多くの財源が移転される。このよう な再分配の仕組みは制度や人口集団間の公平性を改善したが、収入に占める 保険料の負担額は人口集団間で依然として異なっている。近年、受益者の雇 用形態と人口動態の変化に伴い、既存の再分配の仕組みでは対処できないほ どグループ間の負担率の格差が広がっており、複雑な再分配システムで公平 性を担保してきた複数の保険制度を維持するリスクが浮き彫りになっている。 日本は単一の支払い方式を用いることで、国が効果的に総医療費を管理し てきた。日本は、単一の支払い方式と、政府が策定する診療報酬制度によっ て、医療費を管理している。この診療報酬制度は 2 年に 1 度改定され、最 初に全体改定率を設定し、サービス価格と請求要件の項目別改定が行なわれ る。これらの条件の遵守状況は定期的に監視され、不適切なサービス利用を 防いでいる。日本の支払い方式は、医療提供者による差額請求(診療報酬点 26 数表で設定された料金より高い金額を患者に請求すること)を禁止している 他、混合診療(診療報酬点数表に収載されていないサービスと一緒に収載さ れたサービスを請求すること)も固く禁じている。これらの措置は、日本が 医療費をコントロールするのに役立ってきた。2011 年、日本の総医療費は 国内総生産比 9.6% であり、これは経済協力開発機構(OECD)の平均をわ ずかに上回るレベルであった。これは、日本が世界で最も高齢化の進んだ国 であることを考えると、優れた結果だと言える。 日本の診療報酬制度は、医療提供者の行動に影響を及ぼすためにも使用 されてきた。診療報酬制度は、単に薬価や医療サービスの価格を設定するだ けでなく、請求要件を設定することで、主要ステークホルダー間の資源配分 と給付に関する制度化された交渉の場にもなっている。例えば、診療報酬は、 看護師の数や診療行為のための診断基準など、詳細な請求要件を設定してい る。2 年に 1 度の改定では、優先順位を確認・見直し、トレードオフについ て交渉を行い、全てのステークホルダーを継続的な調整プロセスに関与させ、 医療の戦略目標と方向性を合致させるための重要な基盤となっている。 日本は、保健・医療サービスへのアクセスと保健医療従事者の配置に公平 性を期すため、複数の政策を導入している。病院の 80% とほぼ全ての診療所 は民間部門に属するが、それらの収入の 90% は診療報酬制度でコントロール されている保健・医療サービスによるものであり、それらの医療提供機関は 全て統合された医療サービス提供システムに組み込まれている。公的な病院 は、政府と地方自治体の一般財源からの補助金で追加財源を得ている。2004 年、日本は国立病院の大規模な改革を行い、効率化を図った。診療報酬制度 は医療提供者にサービスを効率よく提供するよう相当の圧力をかけているが、 国立病院は政府予算による多額の補助金を受給しそのような圧力とは無縁で あった。2004 年の改革では、国立病院を運営する一元化された独立行政法 人として、国立病院機構が設立された。これにより、病院経営の自立性と柔 軟性が向上し、職員の雇用や給与の設定を規制する政府機関の行政規則に従 う必要がなくなった。新しい統治体制では、各病院の院長に高いアカウンタ ビリティを求めることになった一方で、病院職員と柔軟な労働契約を結ぶこ とが可能になった。これらの改革により、国立病院の経営責任や効率性が総 合的に改善され、病院運営のための政府補助金を必要としなくなった。 第3章 各国の経験から浮かび上がる教訓 27 医師の配置の地理的格差は依然として課題であるが、革新的な手法が導入 されている。例えば、卒業後にへき地に勤務することを条件に、都道府県が 医学部入学者の 2 〜 3 名に学費と生活費を貸与する仕組みなどがある。診療 報酬制度は、プライマリ・ケア・サービスの価格を高く設定することによって、 都市部の病院と専門医療への医師の集中を緩和するのに役立っている。また、 同じ医療サービスには全国一律で同じ価格を設定することで、地方の病院が 都市部の病院より医師の給与を高くし、医師を獲得し定着させることが可能 になった。病院側は医師給与のコスト増加を、相対的に低い給与でも労働意 欲があり、都市部に移り住むことも少ない看護師やその他の職員の給与を抑 えることで相殺していると考えられる。 このように、日本の経験は、UHC の達成と維持が複雑なプロセスであり、 そのためには長期的な政治的なコミットメントと、国内の社会、経済、人口 動態の変化に応じて、保健医療制度の多くの構成要素を継続的に調整する必 要性を示唆している。以降の各章では、政治経済、医療財政、保健医療人材 というメインテーマに沿って、11 カ国の経験を考察する。 参考文献 Ikegami,  N.  2014.  . Washington, DC: World Bank(邦訳:池上直 己編著(2014)『包括的で持続可能な発展のためのユニバー サル・ヘルス・カバレッ ジ:日本からの教訓』 (公財)日本国際交流センター) 29 第4章 政治経済状況および政策過程における  ユニバーサル・ヘルス・カバレッジの教訓 国際開発コミュニティでは、政治経済的な問題を無視してしまうと、慎重 に策定した技術的解決策もほとんど実効性を持たないことが近年になって認 識されるようになった。世界銀行グループその他の開発機関は、保健医療セ クターやその他のセクターの改革が、制約されることなく実施されるために は、政治経済そのもの、そしてその問題に対処する方法を策定することが重 要であるとの認識を深めている(World  Bank  2008;Poole  2011;Reich  and Balarajan 2012)。 ここに示す研究結果では、11 カ国の事例の考察から明らかになったテーマ を総括し、国の政策立案者にとって興味深く、実用的と考えられる新しい教 訓について説明する。 UH C の導入: 危 機 、 強 力 な リ ー ダ ー 、 社 会 運 動 の 全 て が 推進力と な る ユニバーサル・ヘルス・カバレッジ(UHC)は、大規模な社会、経済、ま たは政治的変革に応じる形で導入されることが多い。例えば、インドネシア、 タイ、トルコでは金融危機後に(コラム 4.1)、ブラジルでは再民主化時に、 フランスと日本では戦後復興の取り組みの一環として、UHC が国家的優先課 題として導入された。これらの危機または大変動の時期には、改革を妨げる 利益集団を打破できる機会が生じ、革新的な手法を試みたり、導入したりす ることができた。さらには、そのような大改革に着手するために必要な国家 的連帯も高まった。 しかし、変化を促すには、必ずしも危機が必要であるわけではない。UHC は、強力な執行部または政治的なリーダーシップによって取り入れられるこ 30 コラム 4.1    トル コ の 改 革 推 進 力 と な っ た 金 融 危 機 2000 年代初め、トルコにおいては、壊滅的な赤字、脆弱な金融制度、資本逃避が、 大規模な経済危機につながり、2003 年の医療変革プログラムの原動力になり、同 国の大規模な政府改革を後押しした。金融危機の後遺症は、政府赤字を削減し、国 の官僚体制をスリム化、効率化することを目指す取り組みにつながった。 改革によって引き起こされた混乱は、旧来の利益集団の政治的連合を打破する ことで、医療改革の新たな可能性をもたらした。例えば、医療提供の持続可能なア プローチである人頭払い方式を通じて民間提供者との新たな契約の仕組みを導入す ることが可能になり、UHC を可能とした。 出典: Akyuz  and Boratav 2003;Tatar et al. 2011; Bump and Sparkes 2013. ともある。同様に、憲法に医療へのアクセスが権利として明記されているこ とは、11 カ国のほとんど(バングラデシュ、ブラジル、フランス、日本、タ イ、トルコ、ベトナム)で UHC の制度上の基盤となり、改革論者にとって は UHC 提唱の法的根拠となった。その他の国は、UHC 戦略を国家開発計画 に組み込み、支援と財源を確保した。国によっては、政治的支持を集め、国 が目標に集中的に取り組むための方法として、UHC を達成する明確な目標年 を設定した。このような国には、インドネシア(目標年:2019 年)、ベトナ ム(同:2020 年)、バングラデシュ(同:2032 年)が含まれる。 多くの国では、社会運動によって最初に UHC が政治的なアジェンダとな り、その導入後は政府がアカウンタビリティを負うことになった。社会運動 と市民社会は、国民のグループと政府を結び付け、貧困層と社会的弱者の利 益を保護する上で特に重要であった(コラム 4.2)。 経済成長は、その後のカバー範囲の拡大には貢献するものの、UHC 政策 を導入するための必須条件ではないようである。グループ 1 の国(バング ラデシュとエチオピア―表 2.1 を参照)は、マクロ経済上の制約に直面して いる段階であるが、UHC を国の長期目標に据えている。ブラジルにおける UHC への取り組みは、長期にわたって経済成長が停滞した時期の再民主化運 動に端を発するものである。タイは、マクロ経済成長見通しがまだ不透明で あったアジア金融危機後の 2002 年に国民健康保険制度(UCS)の下で UHC  第4章 政治経済および政策過程におけるUHCの教訓 31 率の拡大を公約した。とはいえ、経済成長は、UHC を導入した多くの国で、 その後のカバー範囲拡大の原動力となった。グループ 2 の国(ガーナ、イン ドネシア、ペルー、ベトナム)における最近のカバー範囲拡大は、比較的堅 コラム 4.2    ブラ ジ ル お よ び タ イ で の U H C に 向 け た 社 会 運 動 首相と政党は UHC 改革の導入によって大きな信用を得ることが多いが、UHC 改革を推進し支持する上で社会運動も不可欠である。例えば、ブラジルとタイでは、 保健医療の公平性拡大と保健医療へのアクセス改善に長年関心を持っていた医師と 公衆衛生専門家のネットワークが、民主主義改革時に UHC を導入するよう、政治 家に圧力をかけた。 ブラジルの公衆衛生(sanitarista)運動は、長年にわたって公平な保健医療改革 を掲げ、1985 年の民主化後、1988 年憲法の普遍主義の原則を制度化する上で重 要な役割を果たした他、1990 年統一保健医療システムの確立にも大きく貢献した。 タイでは、1970 年代に地方で働いていた医療専門家が「農村医療協会」と呼ばれ る組織を設立し、2001 年国政選挙では、市民社会の草の根団体と協力して医療ア クセスの拡大を争点化した。新政党により彼らのアイデアが導入されると、この運 動は、新しい UCS の実施と管理において重要なものとなった。 これらの社会運動がなければ、経済的制約や政治的優先事項が競合する中で、 両国の UHC 改革は「棚上げ」されたままになっていた可能性がある。 出典:Weyland  1995;Falleti  2010; Harris  2012 調な経済成長によって後押しされた。 UH C の達成: 段 階 的 か つ 公 平 に 11 カ国はいずれも、プログラムが単一か複数かという違いはあるが、 UHC のカバー率を段階的に上げている。プロセスが複雑で、利益集団からの 支持を得るのに労力を要し、制度面・技術面のキャパシティを開発するのに 時間がかかることから、そのような段階的手法が必要となったと考えられる。 特にグループ 2 の国の多くは、大きな進展が見られるものの、カバー範囲に は今だに大きな格差が残っており、大幅な再検討と調整が必要な段階に来て 32 いる。したがって、過ちを含め、過去の政策経験から学ぶことが極めて重要 である。 各プログラム制度は、発展に伴って異なる人口集団をカバーするようにな るため、こうした段階的アプローチは、複数のリスクプールを生み出すこと が多い。これにより、公平性を保証し、異なるリスクプール間での再分配を するにあたって新たな課題が生じる。なぜなら、複数のリスクプールが一旦 確立されてしまうと、これらを併合したり、統合したりすることは、必然的 に一部の利益集団が特権を失うようなトレードオフが伴うため、政治的に難 しくなってしまうからである。複数の保険制度を維持する国(日本など)は、 複数の制度間で補助金を配分して不公平を緩和する、再分配の仕組みを作ら なければならなかった。しかし、異なるグループ間で給付と自己負担率を統 一することは難しく、相当の政治的影響力とリーダーシップを発揮する必要 がある。グループ 2 の国はいずれも、複数の制度を統合したり、均衡のとれ たものにする取り組みを実施した(ガーナとベトナム)か、またはその最中 である(インドネシアとペルー)。 大部分の低中所得国、特に保険方式を通じてその実現を目指す国では、イ ンフォーマルセクターに適用範囲を拡大することが大きな課題となる。11 カ 国の経験は、最初に公務員やフォーマルセクターの労働者がカバーされる傾 向があることを示している。それらの集団は対象に含めやすく、政治への関 心が高く、既存の医療施設に近い都市部に居住し、納税を通じて政府との制 度上の結びつきがあるため、往々にしてこのような傾向が生じる。インフォー マルセクターに属する人口は除外され、最も対象に含めにくい集団となるこ とが多い。グループ 2 の 4 カ国では、インフォーマルセクターへの適用範囲 拡大が重要な課題となっている。バングラデシュやエチオピアなど、グルー プ 1 の国は、社会保険制度の導入を検討しているが、政府の資源をフォーマ ルセクターの労働者に配分し、それほど裕福でない農業従事者やインフォー マルセクターの労働者への配分を減少させてしまう可能性がある。 グループ 3 および 4 の国は、税収を財源とする手法により貧困層やイン フォーマルセクターの保健・医療サービスへのアクセスを拡大し、より大き なリスクプールに参加する際の経費に補助金を支出している。UHC の実現に 向けてカバー率を上げる多くの国は、貧困層に対して、無料または補助金に 第4章 政治経済および政策過程におけるUHCの教訓 33 より保健・医療サービスを提供するプログラムを策定した。ただし、これら のプログラムは概して、さまざまな人口集団を取り込もうと競合する他の多 くの保険制度と併存しており、利益集団の政治的駆け引きの対象となりやす い。政治的リーダーシップと社会運動は、特に景気停滞期に貧困層に充てら れる財源確保を保証する上で、重要な役割を果たす。フランスでさえ、2000 年にようやく低収入グループに対する国家助成プログラムを導入し、UHC を 完全に達成するに至った。 実施を成功に導くには、地域の関与を重視したアプローチなど、科学的根 拠に基づく手法が重要だと思われる。バングラデシュにおける平均寿命、出 生率、乳児死亡率などの健康指標の大幅な改善は、同国の成功実績を示すだ けにとどまらず、UHC 達成の過程で各国が直面する課題に対して示唆も与え ている。政策の柔軟性、イノベーションへの投資、地域の関与は、同国に際立っ た 3 つの特徴である。 UH C の維持: 反 応 性 、 適 応 性 、 レ ジ リ エ ン ス UHC を達成した国は、過去の政策の不備から学び、調整を行い、制度や 技術的キャパシティに基づいて UHC を推進し、UHC の原則を放棄すること なくさまざまな手法を試してきた。UHC の政治的、社会経済的、技術的な複 雑性を考えると、唯一の正しい政策や間違った政策はなく、絶対的な成功や 失敗もない。統治構造、圧力団体の影響、人口動態や他の社会経済的な変化、 世界経済の変化など、多くの要素に政策立案者が注意深く目を向けることで、 絶えず変化する国民のニーズ、技術革新、経済情勢に保健医療制度を適応さ せることができる。グループ 3 および 4 の国の柔軟性のあるリーダーシップ が有用であった。特に UHC に向けた各段階の主要ポイントで、プロセスが 反復的な性質を持つことを考慮して時間を要することを認識し、経験から教 訓を引き出し、それに基づいて行動し、個人と国民を動員するといった、対 応を導いた(Heifetz, Grashow, and Linsky  2009)。 こうして、ガーナは、かつて複数存在した地域ごとの制度を統合し、「国 家健康保険制度(NHIS)」を確立してから 10 年目を迎える。同制度のカバー 率は人口の 36% 程度にとどまり、受益者 1 人当たりの医療支出が保健医療 34 財源を上回っていることから、持続可能性が懸念されており、転換期を迎え ている。政策立案者、医療機関の経営幹部、国民健康保険局は、制度を見直し、 持続可能な制度となるよう努力している。ベトナムでも同様の見直しが行わ れており、保健省とベトナム社会保険庁(医療サービス購買者)は、国の医 療保険制度を評価し、医療保険法の改正による統合調整を提案している。イ ンドネシアとペルーも、統合された国家プログラムの下、複数の保険制度の 一元化に向けて動いている。 職能団体は、保健・医療サービスの質の認可や基準を確立し監視する上で、 政府の重要なパートナーであるだけでなく、継続教育の貴重な資源でもあり、 臨床医がより多くの患者に科学的根拠に基づく診療サービスを提供できるよ う能力を高めるのに寄与している。職能団体は、専門職的自律性と報酬を巡 る交渉でも影響力を持っている。場合によっては、診療にあたる医師や看護 師の人数を制限したり、診療に必要な資格に関する条件を設定したりするな ど、雇用政策の策定において役割を果たすこともある。例えば、ブラジルの 医師会は、看護師の職務範囲を制限するよう働きかけ、医療者の労働市場に 参入するための条件を設定し、医療従事者の全体的な数と配分に影響を及ぼ した。 政治指導者と政策立案者は、根底にある政治情勢を把握し、公平なカバー 範囲拡大を実現するために利益集団と交渉する必要がある。専門団体、労働 組合、病院会、製造業組合、その他の利益集団は、主要なインプットの割り 当てを巡る基本的な決定に影響を及ぼす。保健医療従事者の展開、インフラ への投資、医薬品や備品の購入予算に関する決定は利益集団によって下され ることが多く、UHC の目標に沿わないこともある。そのため、意思決定者は、 コラム 4.3 政治 的 な 勢 い を 維 持 す る た め に 「 速 や か に 目 に 見 え る 結 果 を 出 すこと 」 の 重 要 性 ―― ト ル コ の 経 験 トルコの医療変革プログラムが開始された時点では、人口の約 36% に相当する 約 2500 万人が保健・医療サービスを全く利用できないか、または利用が制限され ていた。これらの人々に対する支援をどのように統合するかを戦略的に検討するこ とで、都市エリート層から対応を求められる課題と利益団体からの課題との間でバ ランスを取りやすくなった。トルコの改革チームは、改革の継続的な取り組みに対 第4章 政治経済および政策過程におけるUHCの教訓 35 する市民からの支持を勝ち取り、政治的支持を得るためには、目に見える前向きな 変化をもたらす必要があることを早い段階から認識していた。そのため、保健省は、 サービスが最も不足している分野を対象として、迅速に対応した。2004 年にはグ リーンカードプログラムの外来医療、2005 年には外来処方薬を適用範囲に加えた (Aran and Rokx 近刊予定)。 さらに目に見える形で、改革者は、治療費を滞納している患者を医療施設に収 容しておくという悪評高い慣行を即時廃止した。さらに、プライマリ・ケア提供施 設で医療を提供するスペースを再編して拡大し、救急車やへき地に展開する航空機 の台数などの緊急搬送サービスを当初の 10 年間で 3 〜 5 倍に増加させた。こうし た変化は、国家が国民を尊重していることを明確に印象付けるものであり、サービ ス提供と患者満足度の改善に寄与した。これにより、予約に関する問題を報告した 人の割合はわずか 2 年間で半減し、保健・医療サービスに対する満足度は改革の当 初の 2 年間で大きく上昇し、2011 年までに 76% 近くに達した。このような変化 は医療改革プログラムの政治的地位を向上しただけでなく、公正発展党が 2007 年 および 2011 年の総選挙で過半数を獲得し、持続的な改革に向けた政治的な勢いを 維持するのに役立った(Bump and Sparkes  2013)。 政治的背景を慎重に考慮し、そのような政治的駆け引きに対処する必要があ る。トルコでは、指導者層がこれを実行したところである(コラム 4.3)。 36 参考文献 Akyuz,  Y.,  and  K.  Boratav.  2003.  "The  Making  of  the  Turkish  Financial  Crisis.  "   31 (9): 1549‑1566. Aran,  M.,  and  C.  Rokx.  Forthcoming.  “Turkey  on  the  Way  of  Universal  Health  Coverage  through  the  Health  Transformation  Program  (2003‒2013).”  World  Bank, Washington, DC. Bump, J., and S. Sparkes. 2013.  . Washington, DC: World Bank. Falleti, T. 2010. “Infiltrating the State: The Evolution of Health Care Reforms in  Brazil,  1964‒1988”  in  James  Mahoney  and  Kathleen  Thelen  (eds.)  .New  York:  Cambridge  University Press. Harris,  J.  2012.  “A  Right  to  Health?  Professional  Networks,HIV/AIDS,  and  the  Politics  of  Universal  Healthcare.”  PhD  Dissertation,  University  of  Wisconsin,  Madison. Harris,  J.  2013.  “Uneven  Inclusion:  Consequences  of  Universal  Healthcare  in  Thailand.”   17 (1): 111‑27. Heifetz, R., A. Grashow, and M. Linsky. 2009.  . Boston, MA: Harvard  Business Press. Ikegami,  N.  2014.  . Washington, DC: World Bank(邦訳:池上直 己編著(2014)『包括的で持続可能な発展のためのユニバー サル・ヘルス・カバレッ ジ:日本からの教訓』 (公財)日本国際交流センター) Poole,  Alice.  2011.  . Washington, DC: World Bank, March. Reich, M.R., and Yarlini Balarajan. 2012.  . Washington, DC: World Bank and SAFANSI, June. Tatar,  M.,  Mollahaliloğlu,  B.  Şahin,  S.  Aydın,  A.  Maresso,  and  C.  Hernández‑ Quevedo. 2011. “Turkey: Health System Review.”  .  Vol. 13 (6). Weyland,  Kurt.  1995.  “Social  Movements  and  the  State:  The  Politics  of  Health  Reform in Brazil.”   23 (10): 1699‑1712. World  Bank.  2008.  . Washington, DC. 37 第5章 保健医療財政におけるユニバーサル・  ヘルス・カバレッジの教訓 ユニバーサル・ヘルス・カバレッジ(UHC)を達成するには、財政面での コミットメントや、プーリングおよび再分配の仕組みを確立するために、国 が主導的役割を果たす必要がある。民間の任意の財源のみに依存して UHC を実現した国は存在しない(Kutzin  2012)。医療財政メカニズムには、公平 性、財政責任、費用に見合った価値を確保するための慎重な規制と管理が求 められる。低中所得国の民間医療保険に関する経済協力開発機構(OECD) の調査(Drechler and Jutting 2007)では、経済、社会、制度的背景によっ て民間医療保険の役割が変わることが明らかになった。このような保険制度 は、既存の保健医療財源の選択肢を補完する場合には有益だが、それは現地 のニーズや優先度に応じて慎重に管理、規制、適応させた場合に限られる。 また、保健・医療サービスは市場の失敗の影響を極めて受けやすい。なぜなら、 医療資源の使途、そして医療資源が保健・医療サービスの質、安全、有効性 に与える影響を測定し、説明することが難しいことから、保健医療のための 財源拠出が一層複雑になるためである。 以降の各節では、これらの課題を取り上げつつ、11 カ国の事例研究の主な テーマと教訓について説明する。 財源確保 11 カ国はいずれも、UHC の政策やプログラムの財源を継続的に拠出でき る財政余地を見いだす上で課題に直面しているものの、課題の性質は各国で 異なっている。財源が最も少ないグループ 1 に属する国は、マクロ経済的な 制約に直面しており、政府の徴収能力が限られている。グループ 1 に属する 国々は、大部分の保健・医療サービスにかかる費用を外部からの支援に依存 38 しており、外部支援によって国家予算を補完し、優先度の高い政策に用いて いることが問題になっている。例えば、バングラデシュは、外部支援を調整 するために「セクター・ワイド・アプローチ(SWAps:領域横断的手法)」 を採用しており、エチオピアは外部支援をインフラ、機器、備品への投資に 振り向け、医療従事者の給与に割り当てている自国の予算を補完している。 グループ 2 の国は、堅調な経済成長と拡大する財政余地の恩恵を受け始め ている中所得国であるが、保健医療に対する財政的コミットメントは国ごと に異なる。ガーナとペルーの保健医療予算は、2012 年時点で政府の総予算 に占める割合が 9%強、2011 年の国内総生産(GDP)比はいずれも 4.8%であっ た。しかし、2012 年でのカバー率は両国で大きく異なり、ガーナでは 36%、 ペルーでは 62%(2008 年の 53% から急上昇)であった。 ベトナムでは、保健医療費が政府予算に占める割合が、2002 年の 6.3% か ら 2011 年には 9.4%(GDP 比 2.7%)まで上昇した。この時期に、同国の 1 人当たり国民総所得はほぼ倍増し、カバー率は 16% から 68% 近くまで上昇 した。そのため、ベトナムは、公的医療支出が経済生産より急速に増加して いる事例のひとつと言える。この支出の大部分は、貧困者向け医療保険の保 険料助成に充てられた。対照的に、インドネシアの保健医療予算は、過去 20 年間にわたり、比較的低いままである。 図5.1 GDP比での公的医療支出(2011年) 注:11カ国のケーススタディ参加国が強調表示されている。PPPは購買力平価。 出典:WDI 2013 第5章 保健医療財政におけるUHCの教訓 39 図 5.1 は、GDP 比で見た 11 カ国の公的医療支出を示す。図 5.2 は、グルー プ 2 の国の政府予算全体に占める公的医療支出を示し、図 5.3 はグループ 3 の国の政府予算全体に占める公的医療支出を示す。 経済成長に伴って政府が保健医療に優先的に予算を配分することは、各国 がカバー範囲を拡大し、経済的リスクからのより良い保護を提供できるよう にする上で重要であるが(表 5.1)、明確な財政的公約を伴って UHC 達成へ の政治的コミットメントを明示する政府はほとんどなく、医療への特定財源 を設けたのはブラジル、フランス、ガーナのみであった(表 5.2)。特定財源 を持たずに UHC を達成した国も存在するが、そうした国々では保健医療へ の予算配分を一貫して比較的高めに維持してきた。例えば、日本では、財務 省と厚生労働省が議論し、一般会計予算からの歳出額を毎年設定している他、 診療報酬は 2 年ごとに改定されている。タイとトルコの経済状況は全体的に 良好であることから、医療に予算を優先的に割り当てている。 図5.2  政府支出全体に占める公的医療支出の割合 (1995〜2012年) (グループ2の国) 出典:WHO保健医療支出推計データベース <www.who.int/health‑accounts> ブラジルは、複数のプログラムを、公的資金で運営する統一保健医療制度 (SUS)の下に統合した。これは全人口をカバーするもので、一般財源によっ て賄われている。民間医療保険は、憲法で認められているため今でも存在す るものの、SUS を補完するものとされている。保健医療に充てられる予算が 40 図5.3 政府支出全体に占める公的医療支出の割合 (1995〜2012年) (グループ3の国) 出典:WHO保健医療支出推計データベース <www.who.int/health‑accounts> 少なく、SUS の資金が不足していたため、民間の保健・医療サービスと民間 医療保険プログラムが拡大した。SUS の下では、全人口が無料で保健・医療 サービスを受ける権利を有するが、SUS の慢性的な資金不足による民間医療 保険の拡大に伴い、多くの国民が民間医療保険市場に流れている。その結果、 経済的リスクからの保護が損なわれて自己負担額が増加し、ブラジルは自己 負担の割合が 30% と、グループ 3 および 4 に属する国の中で最も高くなっ ている(図 5.4)。医療の自己負担額は特に富裕層で多く、最上位の収入五分 位が 58%(民間保険と自己負担の合計)を占めるが、低所得世帯でも所得の 最大 7% に上るなど大きな負担となっている(Uga and Santos 2007)。 フランスと日本では、人口動態の変化(高齢化や労働力人口比率の低下な ど)と長期に及ぶ景気後退により、財政余地が縮小している。そのため、グルー プ 4 に属するこの 2 カ国は、消費税の増税(日本は 2014 年 4 月に消費税を 5% から 8% に引き上げ、2015 年 10 月には 10% に増税する予定である)な ど、財政基盤を多様化する方法を模索している。フランスは目的税のさらな る多様化を図っている。フランスでは、1945 年の社会健康保険制度開始時は、 給与を元に支払われる保険料が保健医療財源の 98% を占めていたが、現在で 表5.1 カバー範囲が急速に拡大する時期における事例研究対象国のUHCの経済・財政状況 国 カバー範囲が急速 カバー範囲拡大収 対象人口の推移 1 人当たり GNI の変化 2 総医療費に占める 政府予算に占める に拡大した時期 1 束期または現在の (%) 政府支出比率の変 医療費比率の変化 1 所得区分 1 名目($)            実績(%) 化 1(%) (%) グループ 2:カバー範囲の拡大 ガーナ 2003 年〜現在 低〜中所得 6.6‒38 320‒1,550 45 41.0‒56.1 8.7‒11.9 インドネシア 2004 年〜現在 低〜中所得 28‒413 1,090‒3,420 74 39.5‒34.1 5.0‒5.3 ペルー 2003 年〜現在 高〜中所得 36.8‒65 2,160‒6,060 79 58.7‒56.1 15.4‒ 15.0 ベトナム 2002 年〜現在 低〜中所得 16‒67.5 430‒1,550 82 30.5‒40.3 6.3‒9.4 グループ 3:カバー範囲の改善 ブラジル 1988‒2000 年 高〜中所得 50‒100 2,250‒3,860 41 43.0‒40.3 該当なし ‒4.1 (2011 年は 8.7) タイ 2001‒2006 年 低〜中所得 63‒96 1,900‒2,890 41 56.4‒72.7 10.4‒13.4 (2011 年は 14.5) トルコ 2002‒2012 年 高〜中所得 64‒98 3,480‒10,830 111 70.7‒74.9 9.1‒12.9 グループ 4:維持および新たな課題 フランス 1945‒1978 年 高所得 該当なし ‒100 ― 453 ― ― (2011 年は 15.9) 日本 1945‒1961 年 中所得 70‒100 ― 229 ― ― (2011 年は 18.2) 1. ガーナ:2003 年、国家健康保険法(650 号法律)が可決された。2010 年以降、拡大は進んでいない。 インドネシア:2004 年、政府が財源を提供する保険制度である Jamkesmas が貧困層向けに導入された。2010 年以降、拡大が停滞している。 ペルー:2003 年、インフォーマルセクターと貧困層を包含する Seguro Integral de Salud(総合医療保険:SIS)が導入された。拡大が続いている。 ベトナム:2002 年、貧困層のための医療基金が導入された。拡大が続いている。 ブラジル:1988 年、憲法で健康が権利として確立され、SUS(統一保健医療制度)が制定された。家族の健康戦略が全面施行され、プライマリ・ケアのカバー範囲が拡大された 2000 年をもって、UHC が実現されたと見なされている。 タイ:2001 年、国民健康保険制度(UCS)が開始された。2006 年に UHC を達成した。 第5章 保健医療財政におけるUHCの教訓 トルコ:2003 年、医療改革プログラムが開始された(トルコの UHC 国別概要報告書によると、2002 〜 2012 年) 。 フランス : 1945 年、一般社会保障制度が採用された。1961 年に農業従事者、1966 年に自営業者、 1978 年に未適用の労働者、2000 年に残りの保険未加入者へ保険適用が拡大された。 日本:1961 年、最後の自治体が地域保険制度を確立し、加入が全人口の義務となった。 2. 世界開発指標(2013 年) 41 3. 出典:Harimurti et al. 2013 42 表5.2 11カ国における特定財源とUHCへのコミットメント 特定財源を伴う UHC へ フランス 目的税(当初は給与税、1998 年以降は所得と資 の政治的コミットメント 本に対する目的税) ガーナ 付加価値税および社会保障税の使途指定部分 ブラジル 保健省と州への配分は最低限にとどまり、地方自 治体の保健局への配分が憲法修正第 29/2000 項 で規定されている(注) 特定財源を伴わない 日本 特定財源はないが、予算における優先度が高い UHC への政治的取り組 タイ み トルコ ベトナム バングラデシュ 特定財源はなく、予算における優先度もさまざま エチオピア である インドネシア ペルー 注: 保健省には前年度の医療予算をGDPの名目変化率で調整した相当額、州には予算の12%、 自治体には予算の15%が配分される。 出典:11カ国のUHC概要報告書のまとめ<http://www.worldbank.org/en/topic/health/ brief/uhc‑japan> は半分以下となっている。失業は同国の給与を元に拠出される保健医療財源 の縮減の要因となっている。 他国も財源を多様化しようと努めており、そのための戦略は UHC の達成 段階によって異なることが多い。タイやベトナムなど、インフォーマルセク ターが大きい国では、給与所得に課す税だけでカバー範囲を拡大することは 難しく、一般歳入を通じて医療への予算配分を拡大している。対照的に、バ ングラデシュやエチオピアなどの低所得国は、社会保険制度に基づき給与に 新たな税を課すことで、小さい税基盤を拡大する方法を模索している。 支出の適切な 管 理 と 費 用 に 見 合 っ た 価 値 の 実 現 UHC 達成または維持にあたり、どの国も財政上の制約に直面しており、 保健医療への支出を効率的に管理することが不可欠となっている。そのため、 各国は、財政規律を守り、アカウンタビリティを果たすことができるような 方法でカバー範囲を拡大し、保健医療を提供するため、保健医療支出管理政 策および制度を確立(または微調整)する必要がある。保健医療システムに 第5章 保健医療財政におけるUHCの教訓 43 おける財政安定性とは、保健医療費が増加しても、それが財政的背景や政策 優先度によって決定される使用可能な財源を超過することがないことを意味 する。 図5.4 医療費全体に占める自己負担額の割合(2011年) 注:11カ国のケーススタディが強調表示されている。 出典:WDI 2013 UHC の初期段階にある国は、財源を集約してカバー範囲を拡大しなけれ ばならないが、これは保健医療費の増加によって変わってくる。これらの国 は財源を集約してカバー範囲を拡大することに重点を置くあまり、費用の管 理が手薄になる傾向がある。しかし、カバー範囲が拡大していくにつれて、 保健医療費の上昇圧力は必ず生じてくる。保健・医療サービス提供者の協力 を得るために出来高払い制度を導入するなど、UHC 導入段階の初期に妥協 から生まれた政策は、将来の保健医療費増大の要因となる。初期段階で注意 深い支出管理を怠ると、国は保健医療費の増大に悩まされることになり、後 に利益集団が政治に強い影響を及ぼす可能性がある。そのため、設計段階や 制度改善の重大局面で制度面のキャパシティに投資することは、将来的にカ バー範囲を拡大する上で重要である。 高齢化、医療技術の進歩、所得の増加に伴って高まるより質の良い保健・ 医療サービスへの需要など、保健医療費の自然増要因に加え、UHC 制度設 44 計における政治的選択も保健医療費増大のペースに影響する。特に、制限の ない出来高払い制度に依存する国は、保健医療費増大の課題に直面する。グ ループ 1、2、4 に属する国の一部は、制限のない出来高払い制度(エチオピア、 フランス、ガーナ、インドネシア)、または、制約の弱い予算上限制(ペルー およびベトナム)を採用している。例えば、ペルーでは、主要な国民医療保 険(総合医療保険:SIS)には、保健・医療サービス提供者に対し、表面上 は予算の上限なしに出来高払い制度に基づく支払いを行っているものがある。 予算の範囲内に収めるため、地域の行政担当者が特定の保健・医療サービス、 医薬品、検査、処置の提供を中止させることで、間接的に上限を課している (Francke 2013)。同様に、ベトナムでは、保健・医療サービス購入機関であ るベトナム社会保険庁が、総額予算制に基づき大部分の病院に出来高払い方 式で支払っているが、ベトナム社会保険庁は通常、超過分の最大 60% までは 病院に払い戻すため、病院は予算上限を超過しようとする強いインセンティ ブが働く。年間の支出が超過すると翌年の上限が引き上げられるため、結果 的には予算が次第に増えてしまう。 単に費用を抑制するだけではカバー範囲が縮小してしまうため、どのよう に支出管理を行うかが重要になってくる。バランスがとれた形でカバー率が 上昇するよう、支出を慎重に管理して効率性を改善しなければならない。カ バー範囲を縮小してしまう費用抑制手段の例としては、患者の自己負担額を 増加させて経済的負担を保健・医療サービス受益者に転嫁することが挙げら れる。これではインフォーマルセクターの支払いを増やし、経済的リスクか らの保護が弱体化してしまう。例えば、ブラジルでは、SUS の慢性的な資金 不足により、低所得層が質の高い保健・医療サービスにアクセスしにくくな る一方で、富裕層は民間保険に加入するようになった。 (全体的な支出を増加させる必要がある場合でも)カバー範囲を縮小する ことなく不要な保健医療費増大を抑えられる適切な政策を見いだすことは難 しいが、グループ 3 および 4 に属する国の経験が参考になり得る。これらの 国々は、主に支出目標、戦略的購入、費用対効果の高いプライマリ・ケアへ の重点的配分を組み合わせている(表 5.3)。 フランスは、設定した明確な国家支出目標を厳格に監視し、支出をその範 囲内に収めようとしている。費用を抑制しつつ、保健医療の質と医療連携を 第5章 保健医療財政におけるUHCの教訓 45 表5.3 カバー範囲拡大に伴う費用管理手法 フランス ・予想される支出目標と義務的な支出目標の設定を通じた一連の支出管理、プライマ リ・ケアの監視強化、一般開業医への P4P 導入、病院支払いシステム改革 日本 ・国が管理する診療報酬を 2 年ごとに改定することで、総支出の増加を政府が管理し、 合意された予算支出の範囲内に収める  タイ ・診断群別定額支払いによる制限を設けた人頭割払い契約 ・プライマリ・ケアの監視強化 ・製薬企業との強力な交渉 ・給付パッケージを拡大するための優先度設定 ・プライマリ・ケアに重点を置く制度 トルコ ・P4P(病院に対する総額予算制とプライマリ・ケアの人頭割)を含む制限を設けた 支払いシステム ・病院レベルおよび製薬企業に対する支出上限の設定 ・プライマリ・ケアに重点を置く制度 出典:フランス、日本、タイ、トルコのUHC国別概要報告書のまとめ<http://www.worldbank. org/en/topic/health/brief/uhc‑japan> 改善する手段として、プライマリ・ケアについては P4P 制度(それより以前 は出来高払い制であった)が最近導入されたが、これらの取り組みの成果は まだ評価されていない。日本は、出来高払い制度を有しながらも支出目標を 達成する手段として、診療報酬の隔年改定を通じて、医療費に強い引き下げ 圧力をかけている。同国は、自己負担額に上限を設け、高額の医療費には補 助金を支給し、家計を経済的リスクから保護することで、制限のない出来高 払い制度によるカバー範囲の縮小を抑制している。 グループ 3 および 4 の一部の国は、戦略的調達政策を導入することで、給 付内容自体を削減せずに、3 次医療提供者や製薬企業などの利益集団に対す るレント(特殊利益)を抑える政策を導入している。ここで、保健医療提供 者や供給者と価格交渉する能力を備える強力な購買組織があると、タイやト ルコでの医療プログラム統合の例に見られるように、カバー範囲を縮小する ことなく、コストを管理することができると考えられる。タイ国民医療保障 庁は、国民健康保険制度(UCS)に加入する国民(約 5000 万人の保健・医 療サービス受給者)の 4 分の 3 に対する唯一のサービス購入者である。医薬 品、医療用品、医療介入の価格引き下げについて交渉し、その例として、血 液透析の料金を 1 サイクル当たり 67 ドルから 50 ドルに下げ、推定で年間 1 億 7,000 万ドルの節約につながった(Health  Insurance  System  Research  46 Office 2012)。 その他、2 つの支出管理の方法が顕著であった。一部の国では、プライマリ・ ケアと公衆衛生事業への投資や、新技術を導入する際の規制強化など、より 費用対効果の高い医療介入を促進する供給側の管理政策に重点を置いている。 また他の国では、不要な保健・医療サービスを止めたり、プライマリ・ケア の利用を促すために戦略的に自己負担額を調整する、あるいは公衆衛生上効 果の高い保健・医療サービスに対し患者にインセンティブと補助金を提供す るといった、需要側の管理政策を取っている。 カバー範囲を縮小することなくコスト管理に成功した国は、さまざまな手 法を組み合わせている。タイとトルコでは、政策として、給付内容拡大のた めに、保険医療サービスと医薬品の優先度を設定しつつ、製薬企業との強力 な交渉を行い、より多くの人々に便益をもたらすための支払い制度を採用す るなど、バランスのとれたアプローチを採用している。フランスでは、国の 支出目標、プライマリ・ケアや急性期への支出、国の厳格な監視による健康 保険支出管理の強化などの一連の改革により、20 年にわたる保健財政赤字が 近年になって減少し始めた。しかし、景気の停滞によって歳入に対する圧迫 が強まり、保健医療費に新たな増加圧力がかかっていることから、問題が解 決したとは言い難い。 リスクプーリ ン グ と 資 源 の 再 分 配 の 管 理 UHC を達成し、経済的リスクからの保護を全人口に提供するには、富裕 層から貧困層へ、低疾病リスク層(若年層など)から高疾病リスク層(高齢 者)への財源の再分配が必要となる。再分配によって公正を確保するために は、UHC プログラムの構成やカバー範囲拡大の優先順位を決定することが不 可欠である。 リスクプーリングの適切な構造は国によって異なるが、一般税収に基づ きひとつに統合されたプログラムが存在する場合に財政調整の効果が高まる ようである。トルコはリスクプールを統合し、医療財政において高度な財政 調整と公平性を実現した。ガーナは UHC 達成までには至っていないものの、 国民健康保険制度(NHIS)の下に設定されたリスクプールの範囲内で、富裕 第5章 保健医療財政におけるUHCの教訓 47 世帯から貧困世帯への再分配をおおむね達成した。これは制度の大部分を賄 う累進課税と NHIS プールの再分配機能によるものである。ガーナでの調査 によると、収入分布で最下位から 20% の貧困世帯は、保険医療制度に必要な 費用の 3% しか負担しておらず、最上位の 20% の富裕世帯は 60% 近くを負 担していることが分かった(Akazili, Gyapong, and McIntyre 2011)。 しかしながら、複数のプログラムを通じて対象範囲を拡大する場合、リス クプーリングと財政調整は重大な課題となる。タイの(国内で最も受益者の 多い)国民健康保険(UCS)は、グループ内で財政調整と公平な経済的リス クからの保護を実現している。しかし、同国には依然として 3 つの保険制度 が併存しており、制度間の再分配が不十分であるため、受益者 1 人当たりの 年間支出に大きな歪みが生じている。2011 年時点で、公務員プログラムで 366 ドル、UCS で 97 ドル、フォーマルセクタープログラムで 71 ドルとなっ ている。 一部の国は、プログラムの主要な側面を標準化し、財政調整とリスクプー ルの統合を行うことで、複数のプログラム間での財政調整を達成している。 グループ 4 の諸国は、給付パッケージを標準化し、日本のように再分配の仕 組みを実施するか、または、フランスのようにプログラムを統合してより大 きなプールにまとめている。日本は、さまざまな保険制度間の給付内容や支 払い額の標準化と共に、国・都道府県・市町村間の財政調整を組み合わせて いる。例えば、2013 年において、大企業向けの組合管掌健康保険制度(組 合健保)は、徴収した保険料の約 46% を後期高齢者医療制度への支援金に回 したとみられる。一般財源による後期高齢者医療制度への公的負担とは別途、 このような調整が行われた。ただし、保険制度間の財政調整は、人口動態の 変化に追い付いておらず、保険料の格差は保険制度間で拡大している。 いくつかの国では、保険制度を統合することがカバー範囲を公平に拡大す るための鍵となる。グループ 3 の諸国、例えばトルコは大規模な改革を実施 し、保険制度の統合と財政調整、公平なカバー範囲の拡大を実現した。ブラ ジルの 1988 年憲法では、一般税収を財源として SUS を立ち上げた。タイは、 2001 年に 2 つの保険制度を統合したが、依然として 3 つの保険制度が並立 している(前述)。グループ 2 の国のうち、ガーナとベトナムは、複数の保 険制度を統合した。ガーナには国家健康保険法に基づきひとつのリスクプー 48 ルがあるものの、ベトナムは収入のプーリングと支出の財政調整が依然とし て不完全である。インドネシアとペルーも、UHC 達成に向けた最終段階に あり、複数の保険制度を統合する方向に進んでいる。インドネシアは、2014 年 1 月 1 日に国民健康保険制度を正式に開始し、政府と他の社会保険制度が 従来カバーしていた保険制度を統合して、全人口を対象とする単一保険制度 となった。ペルーでは、2010 年国民皆保険法により、2 つの社会保険基金(SIS および EsSalud)の調整・統合プロセスを通じて、UHC の達成に向けた規制 枠組みが設けられた。ペルーは、さらなる保険制度の統合を目指す方針である。 いくつかの国は、地域に基づく健康保険(CBHI)を用いた小規模なリス クプーリング機能を導入しはじめた。CBHI 制度は、保健医療財源の増加、 リスクプーリング、経済的リスクからの保護にはほとんど貢献しないことが、 国際的知見となっている(Carrin, Waelkens, and Criel 2005)。これは、任 意加入という特性から魅力的な保健医療給付を提供できるだけの財源を確保 できず、信頼性とアカウンタビリティが欠如することが原因である。しかし、 ガーナと日本では、CBHI が国家制度の財源と政策の下で実施され、UHC に 向けた有効な手順として機能している。両国では、政府の補助金によって、 このプログラムがより多くの住民を対象とすることができ、より良い保健・ 医療サービスが提供される。日本では加入が義務付けられているため、CBHI が国の医療保険制度に完全に組み入れられている。 また各国は、対象を絞った補助金と費用免除を通じて、財政調整、公平性、 経済的リスクからの保護の改善を目指している。全 11 カ国は、さまざまな 機構を活用し、貧困層やその他の優先グループをリスクプールに含めるため の費用、彼らに対する保健・医療サービス、または彼らの医療費負担、ある いは 3 つ全てに対して補助金を拠出している(表 5.4)。 グループ 1 の国は、公的施設で提供されるサービスについて、貧困層向け の費用免除またはバウチャーに補助金を集中させている。グループ 2 の国は、 拠出制の保険制度により、貧困層やその他の優先グループ向けの保険料に公 的補助金を充当している。貧困層を特定する仕組みを選ぶ際に、政策立案者 は、対象漏れを最小限に留めるという観点から、貧困層ではない人口にまで 補助金を支給することを許容しがちである。しかし、それでも保険料が免除 されるべき多くの人がその対象から漏れてしまう。 第5章 保健医療財政におけるUHCの教訓 49 貧困層を識別する仕組みや、場合によっては貧困層の定義さえ存在しない ため、効果的な対象設定は難しくなりがちである。ガーナは、統一された対 象設定方法をすべての公的扶助プログラムに試験的に適用しており、この方 法は、NHIS の保険料に対する補助金を設定する際にも採用されている。エ チオピアとベトナムは、地域に根差した手法を用いて貧困層を識別している。 いくつかの国(バングラデシュ、ガーナ、インドネシアを含む)は、所得に かかわらず、妊産婦のケアなどの具体的なサービスを補助金や費用免除の対 象としている。 表5.4 貧困層を対象とする補助金 国 補助金と免除の対象 グループ 1 バングラデシュ バウチャー制度によって、女性は無料で妊婦管理、分娩、救急医療、産後ケアサー ビスにアクセスし、交通費や栄養食品・医薬品の代金に充てるための給付金を受 ける権利が与えられている。 エチオピア 新しい費用免除システムが住民参加によって選択され、貧困層に導入された。 グループ 2 ガーナ 貧困層と社会的弱者は、NHIS 保険料の支払いを免除され、付加価値税のうち特 定財源を原資とした補助金で賄われる。免除対象には、70 歳以上の全高齢者、 社会保障プログラムに参加した退職者、18 歳未満の児童、妊婦、貧困者が含ま れる。全国民の 65% 〜 68% がいずれかひとつの免除対象グループに入る。多 くの免除対象の個人が登録されておらず、貧困層以外に補助金が流出している可 能性が高いことが疑われている。 インドネシア Jamkesmas による貧困層および貧困層に近い人々への適用は、一般歳入によっ て助成される。貧困層および貧困層に近い人々は、家計調査と地方自治体の適格 基準の組み合わせによって識別される。不完全な対象設定の横行と貧困層以外へ の流出(50% 超)は、適格条件が変わりやすく、有効な対象選定ができていな いことから生じる。Jampersal プログラムでは、所得にかかわらず、無料の妊 産婦サービス(出産前、出産時、出産後)が提供される。 ペルー SIS に登録された貧困層と貧困層に近い人々には、一般歳入基金による補助金が 支給される。貧困層以外への漏出が重大な問題となっている。 ベトナム 政府は、6 歳未満の児童、高齢者、貧困層に医療保険料を全額支給し、貧困層に 近い人々と学生には保険料を一部支給する。貧困層は、経済調査と地域指導者の 投票を含む地域での対象設定によって特定される。 グループ 3 ブラジル 補助金による医療制度は全人口を対象としているが、比較的裕福な人は追加で民 間保険にも加入するため、ある程度の実質的な対象設定が行われている。 50 国 補助金と免除の対象 タイ 非拠出制の制度により、全ての保険は一般税収を財源とする(フォーマルセク タープログラムを除く)。 トルコ 個人は、4 つの所得グループに分類される。最下位の所得層には、保険料が完全 に補助金で賄われ、その他 3 つのグループは所得に応じて段階的な保険料が適 用される。 グループ 4 フランス 低所得グループには、自己負担金を伴わず、国の補助金で運営される制度が適用 され、標準的な給付パッケージが提供される。最貧困層には、拡張された給付パッ ケージ(民間保険の代替としての補完的な保険を含む)が適用される。慢性疾患 には、対象を絞った補助金が適用され、任意の民間医療保険にアクセスするため の財政インセンティブ(補助バウチャー)が提供される。 日本 市町村の運営する制度に登録している高齢者、自営業者、および失業者の保険料 には、中央・地方政府および高齢者の少ない他のリスクプールからの移転を通じ て多額の補助金が充当されている。 出典:11カ国のUHC概要報告書のまとめ<http://www.worldbank.org/en/topic/health/ brief/uhc‑japan> 参考文献 Akazili,  J.,  J.  Gyapong,  and  D.  McIntyre.  2011. “Who  Pays  for  Health  Care  in  Ghana?”   10: 26. Carrin, G., M. Waelkens, and B. Criel. 2005. “Community‑based health insurance  in developing countries: a study of its contribution to the performance of health  financing systems.”   10 (8):  799‒811. Drechler,  D.,  and  J.  Jütting.  2007. “Different  Countries,  Different  Needs:  The  Role  of  Private  Health  Insurance  in  Developing  Countries.”  32 (3). Francke, P. 2013. “Peru's Comprehensive Health Insurance and New Challenges  for Universal Coverage.” World Bank, Washington, DC. Harimurti,  P.,  et  al.  2013.  “The  Nuts  and  Bolts  of  Jamkesmas,  Indonesiaʼ s  Government‑financed  Health  Coverage  Program  for  the  Poor  and  Near‑poor.”  UNICO  Case  Study,  Health,  Nutrition,  and  Population  Unit,  World  Bank,  Washington, DC. . Nonthaburi, Thailand. 第5章 保健医療財政におけるUHCの教訓 51 Ikegami,  N.  2014.  . Washington, DC: World Bank(邦訳:池上直 己編著(2014)『包括的で持続可能な発展のためのユニバー サル・ヘルス・カバレッ ジ:日本からの教訓』 (公財)日本国際交流センター) Uga, M., and I. Santos. 2007. “An Analysis of Equity in Brazilian Health System  Financing.”   26 (4): 1017‑1028. WDI  (World  Development  Indicators).  2013.  http://data.worldbank.org/data‑ catalog/world‑development‑indicators. 53 第6章 保健医療人材に関するユニバーサル・  ヘルス・カバレッジの教訓 主要医薬品または技術という形であれ、予防、診断や治療も含めた保健・ 医療サービスへのアクセスを改善するには、十分な訓練を受けた意欲ある保 健医療従事者の存在が不可欠である。変化し続ける保健医療へのニーズに応 えるために、保健医療従事者の育成、配置、パフォーマンスに関して 11 カ 国が抱える課題は、それぞれ異なる。 有資格の保健医 療 従 事 者 の 増 員 ユニバーサル・ヘルス・カバレッジ(UHC)において保健・医療サービス の給付内容を充実させ、カバー範囲を拡大するには、保健医療従事者への投 資を通じて、経済的に負担可能で、適切かつ効果的な保健・医療サービスを 確実に提供していくことが求められる。UHC 達成にコミットした各国は、公 的部門と民間部門(営利団体および地域に根差した非営利団体を含む)いず れにおいても増大し、変化し続ける保健・医療サービスへの需要を満たすた め、保健医療人材を増員する必要性に迫られている。 保健医療人材の不足は世界的に問題となっているが、UHC の導入また は達成の初期段階にある国では特に顕著である。11 カ国のうち、グループ 1、2、3 の諸国は、教育・訓練の拡大に向けた取り組みにおいて、それぞれ 異なる段階にある(表 6.1)。境界閾の妥当性についてはさまざまな批判があ るが、このアプローチは、世界的な医療人材危機への関心を集めた。これら のデータは、各国の政策決定者に保健医療人材の最適な配分を知らしめたり、 目標となる基準を設けたりするものではなく、低所得国が直面している課題 の深刻さを示すことが目的である。例えば、バングラデシュとエチオピアで は、20 年間という長期間においても、医療技能を身につけた専門家の増加は 54 4 〜 13 倍に過ぎず、厳しい現実に直面している。このことは、この 2 カ国 に限らず、UHC 初期段階にある各国は、従前の教育、配置、報酬モデルを再 考しなければならないことを示唆している。 表6.1 11カ国における保健医療人材数の推定値 2010年実績値と2035年目標値 国 技能を有する医療専門家 (医師、 2035年までに22.8人の目標値a 看護師、助産師) の人口1万人あた に達するために必要な労働力の りの人数(2010年実績値) 変化の割合 グループ 1 バングラデシュ 5.7 404 エチオピア 2.7 1,354 グループ 2 ガーナ 13.6 221 インドネシア 16.1 78 ペルー 22.2 33 ベトナム 22.3 19b グループ 3 ブラジル 81.4 0 タイ 17.4 32 トルコ 41.1 0 グループ 4 フランス 126.6 0 日本 63.3 0 a 人口 1 万人当たりの医療従事者が 22.8 人という密度は、必須の医療介入について比較的 高いカバー率を達成するために WHO が推奨する低位レベルである(WHO 2006)。 b  著者の計算による。 出典:GHWA and WHO 2013  医療従事者の育成を加速させるには、職員を増やすだけでなく、現在の保 健医療従事者のプロフィールや人材構成を分析して、労働市場における条件 やサービスの要件と適合させる必要がある(McPake  2013)。11 カ国では、 人材構成、職種(医師、看護師、助産師、コミュニティ・ヘルス・ワーカー)、 専門区分(一般医、専門医)にかなり偏りがある(図6.1)。各国それぞれで 人材構成は異なり、世界的に見ればその違いはさらに大きいため、普遍的に 最適と言える人材構成の明確な目安はない。しかし、大きく偏った人材構成、 例えば、バングラデシュのように看護師に対する医師の比率が非常に高い場 第6章 保健医療人材に関するUHCの教訓 55 合、医師は看護師不足をカバーしなければならず、医師は職務を全うできな い可能性がある。各国は、他国を基準として現在の人材構成を確認し、UHC の達成に向けてどのような調整を行う必要があるか政策決定を下さなければ ならない。 図6.1 医師に対する看護師および助産師の比率 (2013年または最新データ) 出典:WDI 、日本については厚生労働省 比較的短期間で医療従事者を増やすには、採用人数を増やし、保健医療人 材に柔軟なキャリア機会を提供することが重要となるであろう。多くの低中 所得国では、修了生の数が少ない上に、保健医療専門家に対する需要はその 育成力を上回っている。高所得国も同様に、医療と介護に対するニーズが高 まる中で、学生の確保に苦心している。このギャップに対処するため、多く の国は採用数を増やすための制度を導入し、従来とは異なる柔軟なルートで 保健医療従事者を確保する方法を検討している。 11 カ国の中には、中低レベルの保健医療人材を増やそうとしている国もあ れば、地域のニーズを満たすため、新しい保健医療人材の区分を設けようと している国もある。このような人材に対する教育期間は比較的短いため、よ り速く育成し配置することができる。例として、エチオピアの保健普及員(コ ラム 6.1)、ブラジルのコミュニティ・ヘルス・ワーカー、日本の准看護師 (池上  2014)がある。これらの戦略は、サービスが不足している地域や分野 における保健医療従事者の数を増やし、保健・医療サービスの拡大に大きく 56 貢献してきた。しかしながら、こうした戦略の実施には、保健医療の提供方 法を変更し、診療区分や医療従事者区分が効率的に機能するよう制度上、再 定義する必要がある。また、さまざまなレベルのカリキュラムを作成したり、 研修・業務の基準を設定したりするなど、規制をさらに整備しなければなら ない場合が多い。規制によって、役割に混乱が生じたり、役割が不要に重複 したりしないよう、異なる区分の職務範囲を明確に区分する必要がある。 保健医療労働力の強化を望む国は、さまざまな職種の従事者を育成・配 コラム 6.1 エチ オ ピ ア の 保 健 普 及 プ ロ グ ラ ム 保健普及プログラムは、同国の 4 つの主要農業地域で 2003 年に開始され、その 後、放牧地域や都市部の状況に合わせて改良され、拡充された。政府は、プライマリ・ ケアの UHC を達成するための主要手段として、このプログラムを策定した。保健 普及プログラムの契機となったのは、効果の高い医療サービスのカバー率が低いこ と、保健・医療サービスへのアクセスが(特に地方の貧困層の間で)不十分であり、 保健医療従事者が全体的に不足していること、そしてプライマリ・ケアの拡大を促 す組織的な相乗効果が弱いことである。保健普及プログラムは現在、幅広い保健医 療システムに完全に統合されており、プライマリ・ヘルス・ケア部門になくてはな らない要素となっている。このプログラムでは、16 種類の疾病予防、啓蒙ならび に基本的治療サービスを提供している。全てのサービスを、誰でも無料で利用する ことができる。 このプログラムにおいて、保健普及員は、大きな役割を果たしている。保健普 及員の全員が女性で、10 年生の高校卒業資格を持ち、地域で(地域の支援を得て) 採用される。1 年間の研修を受けた後、出身地域に配属され、村落レベルで健康推 進と保健サービスを提供する。ほとんどの時間を、家庭訪問や村民にいる場所に出 向くことに費やしている。保健普及プログラムの導入以来、35000 人以上の保健 普及員が採用され、訓練を受けた後に村落に配置されている。また、地域社会の参 加と貢献により、15000 のヘルスポストが新設され、設備が整えられている。 導入以来、保健普及プログラムは、疾病予防、家庭保健、保健衛生、環境衛生 に関して成果を上げているが、課題にも直面している。保健・医療サービスの質向 上、保健普及員の技能およびパフォーマンスの強化(特に母性保健面)、保健普及 員向けの適切なキャリアを提供するプログラムの維持などである。 出典:エチオピアの UHC 国別概要報告書< http://www.worldbank.org/en/topic/health/ brief/uhc‑japan > 第6章 保健医療人材に関するUHCの教訓 57 置するために必要な時間や、自国の持つ労働力、そして財源プールの範囲内 で最適な配置と構成を実現するためのコストと選択肢を、より正確に見積も る必要がある。また、職務の性質と従事者の意向をなるべく一致させるため、 これらの保健医療人材に対する求人・労働市場の条件や、彼らの選択や仕事 を引き受ける意欲に影響を与えるインセンティブについて理解しなければな らない。投資効果を最大化するため、官民両部門の政策担当者と幹部職員は、 保健医療部門全般の労働市場に関する情報に加え、専門の異なる職員を雇用 する際の費用、専門に応じた治療・ケアへのアクセス、質、結果において最 大の結果を得られるようにするための各職種の職務範囲、治療や看護の質を 確保するための適切な教育・研修の要件といった具体的な問題に関する情報 を必要とする。高所得国でも、これらの分野に関するデータや研究は極めて 断片的であり、保健医療政策の立案や研究に携わる関係者はこうした問題に より注目すべきである。 保健医療人材の 公 平 な 配 置 11 カ国はいずれも保健医療人材の偏在の是正に取り組んでおり、グループ 1 およびグループ 2 の諸国では、特にその傾向が強い。グループ 3 の諸国は、 地域間格差を大きく改善した。 地方と都市間の格差解消に比較的成功した国は、金銭的・非金銭的イン センティブによる保健医療従事者のキャリア志向に応える複数の戦略、医療 施設での労働条件の改善や医療施設における支援的な指揮・監督が奏功した (Araujo and Maeda 2013)。前述の戦略には、保健・医療サービスが不足し ている地域の学生の採用や奨学金による進学の援助、入学者の地域枠の設定、 地方における保健・医療サービスに関するカリキュラムの導入、キャリア形 成に対する金銭的・非金銭的支援の提供、地方に保健医療人材を配置する国 の政策の活用などがある。最後に挙げた手法は、政治的影響や利益団体の利 (エチオピアやトルコなどにおける)抽選での選 害に左右されがちであるが、 任や契約に基づく強制奉仕などの仕組みを整備することで、その影響を緩和 することができる。グループ 3 の諸国は、これらの政策を組み合わせて実施 しており、グループ 2 の諸国の多くは、同様の多面的な手法を開発・追求し 58 ている。 これらに加え、もうひとつの重要な戦略は、プライマリ・ケア従事者に投 資することである。これは、病院部門に投資すると保健医療従事者を都市部 に偏在させてしまうが、プライマリ・ケア従事者に投資すると健康アウトカ ムにプラスの効果があるためである。グループ 3 の諸国は、カバー範囲の拡 大と地域格差の是正に向けて、この戦略を採用してきた。ブラジルは、過去 10 年間にわたって家庭医療戦略と地域保健員プログラムに大規模な投資を 行った。この 2 つは、ブラジルが UHC に近い状態を達成するのに貢献した。 トルコも、特にプライマリ・ケアに重点を置く家庭プログラムを通じて、地 域格差を是正した(コラム 6.2)。 グループ 3 に属するもうひとつの国であるタイでは、数十年前まで、バ ンコクと北東地域で医師の分布密度の格差が 21 倍に達していた。そのため、 1975 年より、プライマリ・ケアに重点を置き、地方での求人や人材定着を 目的として、月次ハードシップ手当の形で金銭的インセンティブを導入した。 1997 年より、この手当はインフレを反映して調整され、負荷の程度によっ て段階的に設定されるようになった。2009 年までに、医師の分布密度の差は、 5 倍まで縮小した(看護師についても 18 倍から 3 倍に縮小した)。 報酬の格差(公的部門と民間部門での給与および手当の差)は、公的機 関と民間機関の双方が医療を提供する国であれば、どこでも一般的に見られ、 特定の保健医療システム組織および各国固有の労働市場と結び付いている。 保健医療人材に対する報酬は、募集(その職業の魅力)、仕事の満足度、定着 に影響を及ぼす重要な要素のひとつであり、重要である。また報酬額によっ ては、公立の保健医療施設で雇用された保健医療人材が、民間部門(個人の 診療所、その他のクリニック、病院)で副業する事態につながりかねない。 副業は低中所得国で常態化しており、保健医療人材の確保と配置に対処す る上で重大な問題となっている(Gruen  2002)。インドネシアでは、必要な 保健医療人材を確保するために副業が合法化された。この政策は、民間部門 での保健医療提供者の増加と確保に貢献したように思われるが、貧困層は公 的医療機関を受診し、富裕層は民間医療機関を受診するという市場の分断に も影響を与えていると考えられる(Anderson,  Meliala,  and  Marzoeki  近刊 予定)。一方、トルコは、公的部門に勤める保健医療人材の給与を引き上げ、 第6章 保健医療人材に関するUHCの教訓 59 コラム 6.2 トル コ に お け る 保 健 医 療 従 事 者 の 地 域 格 差 是 正 戦 略 トルコの家庭医療プログラムは、2010 年に全国的に展開されたもので、医師や その他の保健医療人材が地方住民に保健・医療サービスを提供することを推奨して いる。家庭医が地方で患者を登録すると、助産師が割り当てられる。さらに、へき 地の居住者のために、定期的な訪問型の保健・医療サービスを実施している。 家庭医の毎月の給与は、診療地域の社会経済レベルに応じて調整される。サー ビスが不足している地域に勤務する家庭医は、当該地域の社会経済発展指数も考慮 した、段階的に設定された「サービス・クレジット」を受け取る。最も貧しい地域 では、サービス・クレジットが最大基本給与額の 40% にも達する。家庭医療プロ グラム導入以降、国内の医療従事者の分布格差が縮小した。 全ての公立・民間医学校の卒業者に強制奉仕を義務付けることは、地理的分布 の改善に貢献するもうひとつの要因である。さらに、配属・異動を規制することで、 保健省が管轄する医療施設全体にわたり、よりバランスよく保健医療従事者を配置 することができる。この規制を通じて、専門医、一般医、歯科医、薬剤師がコンピュー タによる抽選で選任され、他の従事者は国の規定に従って中央の審査によって任命 される。 出典:トルコの UHC 国別概要報告書< http://www.worldbank.org/en/topic/health/brief/ uhc‑japan > 副業を禁止する措置を講じた。副業は、採用数を増やし、副業がなければ移 住や転職していたかもしれない保健医療人材を定着させるという点で役立っ ているが、副業を規制しないと、カバー範囲の不均衡を助長させる可能性が ある。副業が保健・医療サービスへのアクセスを阻害するのか、それとも促 進するのかについては、見解が分かれるが、副業が保健医療人材に及ぼす影 響を示す科学的根拠は限られている(Araujo, Mahat, and Lemiere 2013)。 報酬の低さも、医師が国内の医療以外の職業に流出したり、国外に移住し たりする原因となっている。これに対処する他の手法としては、特に農村部 やへき地などの保健・医療サービスが不十分な人々に保健医療を提供するた め、公的な保健医療施設に勤務する保健医療従事者への報酬を適切な水準に 引き上げることで有能な医療専門学校卒業者を惹き付け、定着させる方法な どがある。ただし、保健医療人材の給与引き上げは、各国のニーズと利害の 競合に照らして検討する必要がある。また、医師は継続的な教育や職場環境 60 などの非金銭的インセンティブを重要視しているが、従事者の定着に非金銭 的インセンティブが与える影響については、入手できるデータが限られてい る(Araujo and Maeda 2013)。 保健医療分野の労働市場のグローバル化によって、保健医療人材の国境 を越えた移動が増加した。そのため、各国は、保健医療人材に関する政策を 策定する際に、この広大な世界の労働市場を考慮しなければならなくなった。 グループ 1 および 2 の諸国では、保健医療人材の出稼ぎが多くみられるが、 グループ 3 および 4 では、それほど問題になっていない(図 6.2)。2006 年 以降、ガーナは、研修に投資し、給与を大幅に引き上げ、農村部やへき地に 勤務する保健医療人材に包括的なインセンティブを提供するという戦略を続 けてきた。この取り組みによって、医療職に就く学生が増加し、出稼ぎをす る医師が減少した。タイは、急速に成長する民間部門と外国からの強力な求 人圧力に対処するために、公的部門の保健医療人材に対する報酬を引き上げ た(1995 年の民間以外の診療に対するインセンティブ、および 2005 年の長 期勤務手当)。 図6.2 医師および看護師の出国率(2000年) 注:「出国率」とは、特定時期に国外に居住している特定の職種従事者の割合を表す。2000年 時点。 出典: OECD 2012. 第6章 保健医療人材に関するUHCの教訓 61 保健医療人材の パ フ ォ ー マ ン ス 向 上 保健医療人材の不足に対処し、人材基盤を強化するには、保健医療人材 のパフォーマンスとその決定要因を政策立案者が理解する必要がある。グ ローバルレベルの包括的な科学的根拠は存在しないが、部分的な科学的根拠 から判断すると、国民所得に関わらず大部分の国において保健医療従事者の パフォーマンスは理想とかけ離れている。パフォーマンスを定量化すること で、教育改革の指針となり得る重要なデータが得られるだけでなく、インセ ンティブ制度、人材管理、労働市場におけるさまざまな問題の変化を知るこ ともできる。しかし、この分野は保健医療人材に関する文献の中であまり取 り上げられておらず、保健医療人材のパフォーマンス評価に関しては世界的 にデータや研究が不足しており、個人やチームのパフォーマンスを向上させ るためにできることを特定するための科学的根拠も不十分である。 保健医療人材の教育機関を認定する際の基準、教職員の能力と配置人数に 関する基準、試験および認可・登録プロセスに関する基準、資格更新に関す る基準(存在する場合)に対する規制は、保健医療人材の質を高く維持する ために重要である。グループ 1 および 2 の諸国は、国の最低限の基準を質 的に満たす卒業生を十分育成できていないという、深刻な教育制度上の制約 に直面している。これらの国では、教育機関の数が急増している。そのため、 研修内容と卒業生の質を維持しながら人材を育成しなければならないという 新たな課題が生じている。政府または独立機関が公立または民間の学術機関、 あるいは認定プログラムの短期講習を実施する学校を適切に認可しなければ、 カリキュラムの質が損なわれる恐れがある。各国は、既存の保健医療人材の 継続教育にも投資し、継続教育に関する要件の設定や提供する継続教育に応 じた学術機関の認定などにより、知識と技術が医学の進歩に遅れないように する必要がある。 Das, Hammer, and Leonard(2008)は、多面的な保健医療システムにお ける保健医療人材のパフォーマンスの複雑な性質を挙げ、「3 つのギャップ」 に対処する重要性を指摘している。すなわち、保健医療人材に必要な知識(知 る必要性)、臨床環境で知識を有効活用するために保健医療従事者に必要な動 機(動機の必要性)、そして、保健医療人材が最低限の基準を満たす保健・医 62 療サービスを提供するための必需品やインフラが整っていることである。こ れには、政府のトップ・レベルからシステム全体に至るまで、第一線での効 果的な管理が求められるだけでなく、複数の政策やプログラムの調整・整合 も必要となる。 非金銭的インセンティブは、保健医療人材のキャリア開発の意欲や労働環 境に関連することが多く、金銭的インセンティブと同様に重要である。仕事 への満足感や高い質のケアに間接的につながる非金銭的インセンティブの例 として、科学的根拠に基づく臨床指導方法を用いた個別指導、具体的なフィー ドバックやキャリア開発プランによる定期的なパフォーマンス・レビュー、 継続教育の機会(勉強するための自由時間を与えることを含む)、責任の重さ に応じて報酬も増加する役職への昇進機会を提供するキャリア制度、公的部 門と民間部門従事者の専門家ライセンスを付与する制度、言葉など非金銭的 手段による優秀な業績に対する褒賞などがある。 給与やその他のインセンティブを保健医療人材のパフォーマンスに結び つける方法は、UHC の各段階にあるどの国にとっても重要になってきてい る。トルコは、契約雇用、義務的従事に関する法律、パフォーマンスに基づ く支払い、家庭医療に関する規制を含む多面的な介入を通じて医療専門家の 数、生産性、再配置を改善した(Aran  and  Rokx  近刊予定)。これらの政策 は、公的施設での医療従事者の確保と、以前はアクセスが少なかった地域に 人材を再配置することにおおむね成功した。全体として、1 年間に 1 人の医 師が診察する件数(生産性の評価基準)は、2002 年の 2272 件から、2006 年には 3176 件、2011 年には 4850 件にまで増加した(Ministry  of  Health,  Turkey 2011)。しかし、特に保健医療従事者の間では、保健・医療サービス の質が犠牲になっているとして、これらの政策に対する批判も出ている。 タイでも同様に複数の手法を適用し、政府医療従事者の専門意識の向上、 金銭的インセンティブ(残業代、慰労手当、非民間部門業務インセンティブ、 長期勤務手当)および非金銭的インセンティブ(地域における年間最優秀医 師、年間最優秀看護師の表彰などによる社会的名声・評価)の付与、キャリ ア開発支援、副業の許可(勤務時間外に民間施設で診察することが許可され る場合)などを実施した。フランスのような高所得国でも、特に医療費が増 大し、予算の制約が厳しくなり、公平性確保の必要性が生じたことから、保 第6章 保健医療人材に関するUHCの教訓 63 健医療人材の効率性や保健・医療サービスの質が最大の懸念事項となってい る(コラム 6.3)。 コラム 6.3 パフ ォ ー マ ン ス に 応 じ た 支 払 い と グ ル ー プ 診 療 に 関 す る フ ラ ンスの経 験 フランスで近年実施された改革は、保健医療従事者に対して複数のインセンティ ブを提供することで、医療従事者のパフォーマンスを改善し、ガバナンスの構造改 革によってアカウンタビリティを高めることに重点を置いたものであった。一般医 の大多数が単独で診療を行っている、比較的規制の緩やかなプライマリ・ケアにお いて、パフォーマンスの問題が顕著であった。プライマリ・ケアでの予防医療と治 療に重点を置きつつ、グループ診療のための資金を調達する効果的な方法を見出す ことが長年の政策目標であったが、複数のイニシアチブを策定したにもかかわらず、 あまり前進していない。現在、グループ診療に参加している一般医は 40% 以下で あり、診療の規模や分布は地域によって大きな開きがある。 2009 年、政府は、個別医療改善契約(contrat  d'amélioration  des  pratiques: CAPI)をパイロット・プログラムとして導入した。これは、プライマリ・ケア医 に対するパフォーマンス型の報酬システムで、予防医療および後発薬の処方を推奨 するものである。CAPI は、2011 年に全ての一般医に適用された。これによって フランスの医療文化は変化し、プライマリ・ケア医は自身の診断結果に対しアカウ ンタビリティが要求されるようになった。ただし、評価データによると、予防や糖 尿病に関する結果は、全ての一般医についてある程度改善しているが、CAPI 参加 例と対照群の差は有意ではなかった。 2010 年、フランスは、複数の診療科におけるグループ診療へのシフトを含め、 医師と救急医の協力拡大を促進する多分野グループ診療に関する試験的プロジェク ト(Expérimentation de nouveaux modes de rémunération:ENMR)を開始した。 初期的な分析からは、単独診療の一般医よりもグループ診療の方が、大部分の診療 科において保健・医療サービスの質(予防、調整)が良く、医療費や医薬品費もわ ずかではあるが少ないことが明らかになった。分析によると、パイロット・プログ ラムが実施された地域では、対照地域よりも短期間で一般医密度が上昇した。 このような比較結果から、特に、保健・医療サービス提供モデル(単独診療など) が、予防の管理とさまざまなレベルにわたる医療・看護の調整に必要な多分野チー ムの基盤とならない場合、保健医療従事者のパフォーマンスを向上させるには、報 酬の改革だけでは不十分であることが分かる。 出典:Barroy, Or, Kuma, and Bernstein 近刊予定 64 参考文献 Anderson,  I.  A.  Meliala,  and  P.  Marzoeki.  Forthcoming.  “The  Production,  Distribution,  and  Performance  of  Physicians,  Nurses,  and  Midwives  in  Indonesia.” World Bank, Washington, DC. Aran,  M.,  and  C.  Rokx.  “Turkey  on  the  Way  of  Universal  Health  Coverage  through  the  Health  Transformation  Program  (2003‒2013)”  World  Bank,  Washington, DC. Araujo, E., A. Mahat, and C. Lemiere. 2014. “Guidance Note on Dual Practice in  Healthcare” .  HNP Discussion Paper,  World Bank, Washington, DC. Araujo,  E.,  and  A.  Maeda.  2013. “How  to  Recruit  and  Retain  Health  Workers  in  Rural  and  Remote  Areas  in  Developing  Countries:  A  Guidance  Note.”  HNP  Discussion Paper, World Bank, Washington, DC. Barroy,  H.,  Z.  Or,  A.  Kumar,  and  D.  Bernstein.  Forthcoming. “Sustaining  Universal  Health  Coverage  in  France:  A  Perpetual  Challenge,”  World  Bank,  Washington, DC. Das, J., J. Hammer, and K.L. Leonard. 2008. “The Quality of Medical Advice in  Low Income Countries,”   22 (2). GHWA  and  WHO  (Global  Health  Workforce  Alliance  and  World  Health  Organization).2013.  . Geneva:  WHO. Gruen,  R.  A.  2002. “Dual  Job  Holding  Practitioners  in  Bangladesh:  An  Exploration.”   54 (2): 267‑79. Ikegami,  N.  2014.  . Washington, DC: World Bank(邦訳:池上直 己編著(2014)『包括的で持続可能な発展のためのユニバー サル・ヘルス・カバレッ ジ:日本からの教訓』 (公財)日本国際交流センター) McPake, B., A. Maeda, E.C. Araujo, C. Lemiere, A. Al‑Maghreby, and G. Cometto.  2013. “Why  Do  Health  Labor  Market  Forces  Matter?”  . June. Ministry  of  Health,  Turkey.2011.  . Ankara. OECD  (Organisation  for  Economic  Co‑operation  and  Development).2012.  Connecting  with  Emigrants̶A  Global  Profile  of  Diasporas.  http://www. oecd‑ilibrary.org/social‑issues‑migration‑health/connecting‑with‑emigrants/ expatriation‑rates‑for‑nurses‑and‑doctors‑circa‑2000‑table̲9789264177949‑ table181‑en, accessed September 1, 2013. WDI  (World  Development  Indicators).  2013.  http://data.worldbank.org/data‑ catalog/world‑development‑indicators. 第6章 保健医療人材に関するUHCの教訓 65 WHO  (World  Health  Organization).2006.  . Geneva. WHO.  2013.  Global  Health  Observatory  Data  Repository.  http://apps.who.int/ gho/data/view.main, accessed June 1, 2013. 67 第7章 主要な問題と今後の段階 分野横断的な課 題 各国の研究から、ユニバーサル・ヘルス・カバレッジ(UHC)戦略の実施には、 予算配分や保健医療従事者への投資を含め、プログラムの設計や実施の決定 に影響を及ぼす複数の利益集団の関与が伴う。UHC を進める際、戦略的な歩 み寄りと、公平なカバー範囲拡大に向けた持続可能な取り組みとの間でバラ ンスを取り、継続して調整を図っていく必要がある。これらの取り組みをう まく採り入れ続けるための必須要素として、「アダプティブ・リーダーシップ (適応力のあるリーダーシップ)」、すなわち、UHC 戦略の設計・計画において、 複数の利益団体の視点を考慮できるリーダーシップが必要となる。 さまざまな利益団体の視点を反映した政策は、技術的には最適解ではない かもしれないが、政治的に実現可能な解決につながる可能性がある。政治的 妥協は、UHC 達成に向けた一部の政策の影響力を弱めたり、意図しない結果 をさらに悪化させたりする恐れがある。これらの理由から、UHC に向けた進 捗を監視・評価する効果的なシステムを整え、これらの傾向を特定し、地域 社会にその情報を提供し、政策立案者が必要な是正措置を講じることが重要 である。 UHC 目標の下でカバーする保健・医療サービスの質と範囲を決めること は、政策立案者が UHC 政策を策定・実施する際に直面する最も困難な問題 のひとつである。この問題を解決するには、給付可能な保健・医療サービス の定義だけでなく、補助金や自己負担のレベル、保健医療提供者の選択、支 払条件も考慮する必要がある。こうした給付内容は、適切な技能を有する医 療従事者、資金調達制度、十分な医薬品・技術・インフラを通じて、現場で 実際に提供される必要がある。 68 慎重なコスト管理と並行して、強いコミットメントを持ってプライマリ・ ケアと公衆衛生プログラムを推進することが重要である。グループ 3 の諸国 では、プライマリ・ケアが従来から重視されていたことで、効果的に UHC を展開できた。ブラジルの家庭医療戦略は、これまでアクセスがあまりなかっ た地域の家庭に、質の高いプライマリ・ケアを提供することを重視した。こ れにより、例えば、プライマリ・ケアを提供する診療所でなく、より複雑で 重篤な症例を扱うことを想定した治療費の高い 2 次・3 次医療を提供する病 院を患者が直接受診することで、医療費負担がさらに増大する状況を回避す ることに成功した。UHC 達成に向け、プライマリ・ケアと地域ベースの公衆 衛生プログラムに重点を置く戦略により、複数の目標を達成することができ た。すなわち、保健・医療サービス受益者に対する保健・医療サービスへの アクセス、そして経済的リスクからの保護が、早い段階から改善され、公衆 衛生上のリスクの低減や保健教育など、より費用対効果の高い保健・医療サー ビスに財源が配分され、全体的なコストが管理しやすくなったのである。 保健医療提供者への償還・支払制度は、資源の配分や、質、公平性、効率 性へのインセンティブを創出する上で極めて重要である。供給側の予算(イ ンプットへの支払い)から、インプットではなく結果(アウトプットと成果) に紐づけられた支出に準じた、需要や結果に基づく支払制度へと各国はシフ トしている。これらの支払制度には、独立した監査やサービス審査を実施す る組織や技術的キャパシティへの並行投資が必要であり、医療提供者側の要 求(不要な診療行為の実施)を抑制し、医療の安全を推進して、保健医療の 質の基準遵守を促すことが必要である。 支払制度改革には、硬直的な公務員制度や財政制度といった構造上の制約 に対処するため、保健医療制度のガバナンスも並行して改革する必要がある。 こうした構造上の制約は、支払制度の改革によって創出されたインセンティ ブに保健医療提供者が応えようとする際、障害となる可能性がある。例とし て、公的病院におけるガバナンス改革(フランスや日本の例など)や、内部 改革が難しい場合の保健・医療サービスの外部委託(ブラジルにおけるプラ イマリ・ケア契約など)などがある。 以下では、いくつかの分野横断的な問題をグループ別に説明する。 第7章 主要な問題と今後の段階 69 グループ 1 の国 バングラデシュとエチオピアの 2 カ国は、1 人当たりの国内総生産(GDP)、 そして歳入の GDP 比率が低いため、自己負担の増加につながりやすい。さ らに、公的施設であっても利用者負担や非公式な支払いに依存しがちであり、 技術的キャパシティやアカウンタビリティが不十分であるといった、複数の 課題に直面している。両国は、極めて基礎的な予防医療や保健教育の拡充に 苦心しており、深刻な保健医療従事者不足と財源不足という大きな制約に直 面している。 それでも、両国の経験は、経済的に負担可能なプライマリ・ケアと公衆衛 生プログラムへのアクセスを拡大するため、医療提供者側への介入、地域支 援活動やアカウンタビリティの強化、革新的なファイナンス(パフォーマン スに基づいた支払いなど)などのメカニズムを組み合わせることの重要性を 示している。 両国にとっての一番の課題は、UHC 達成に向けて革新的な手法を見出す ことである。これには、保健医療従事者を比較的低コストで早急に増員しな がら、保健・医療サービスの質と有効性を維持しつつ、サービスが不十分な 地域に割り当てるといった施策が含まれる。また、両国は、独立した支払機 関を設立することにより、保健・医療サービス購入者側に対する介入も行お うとしているが、新たな技術力、組織的能力強化への投資が必要になり、管 理費の増加や複雑化につながる可能性がある。保健普及員の訓練や展開を拡 大し、プライマリ・ケアに注力するエチオピアの取り組みは、UHC 達成に向 けて模範となるものである。この UHC 達成に向けた初期段階で開始された 決定は、保健医療システムの発展に長期にわたって影響を与える可能性があ る。 グループ 2 の各国においては、従前の政策決定によって保健医療システ ムが大きく分断されてしまったが、この問題を精査することが、バングラデ シュとエチオピアにとっては有益であろう。なぜならば両国は、カバー率を 上げるための資金調達手段として、社会医療保険の導入を検討しているため である。だが、これはフォーマルセクターの従事者を優先してカバーし、イ ンフォーマルセクターの従事者をカバー範囲の対象外としてしまう可能性が ある。 70 グループ 2 の国 ガーナ、インドネシア、ペルー、ベトナムの 4 カ国は、カバー範囲の拡 大および組織的能力強化に向けて大きく前進したが、多くの場合、複数の保 健医療制度の下で、保険制度ごとにサービス内容と提供体制が異なる状況に 陥っている。これらの国は、主に既存の保険制度でカバーすることが難しい、 UHC の対象に含まれていないインフォーマルセクターの人口層を抱えてい る。また、これらの国は、さまざまな制度を統合または調整する措置を講じ、 対象に含まれていない残りの層を支援する方法を模索している。グループ 3 および 4 の諸国の経験から、特に、これら 2 つのグループがどのようにして カバー対象をインフォーマルセクターやその他の到達しづらい人口集団に広 げていったかを学ぶことができる。ガーナは、既に自国の国家健康保険制度 (NHIS)を通じて制度を統合する措置を講じている。同様に、インドネシア とペルーも、医療財源を国家健康保険制度への統一を進めている。ベトナム は、細分化された支払制度を見直し、保健医療システムの全てのレベルで支 払インセンティブを整合化する調整された手法を採用することを検討してい る。 グループ 3 の国 ブラジル、タイ、トルコは、人口ベースで UHC を達成している。これら の国は、プライマリ・ケアに注力し、カバー範囲の不公平を軽減するため資 源の再分配を行い、医療過疎地域における保健医療人材の採用と定着に重点 を置いたことで、カバー率の大幅な上昇を実現した。これらの国々は現在、 より包括的な適用と質の高い保健・医療サービスを求める国民からの需要の 拡大に対応するために、医療費管理という新たな課題に直面している。医療 費増による圧力、拡大する中間層における質の高い保健・医療サービスへの 需用の高まり、人口高齢化の影響による慢性疾患の負担増などの問題がある。 もうひとつの重要な問題は、UHC における民間部門の役割を規制することで ある。民間部門には、支払側(民間医療保険)ならびに保健医療提供者の双 方が含まれる。ブラジルは、家計の自己負担額が高止まりしていることに表 れているとおり、公的部門が質の高い保健・医療サービスの提供に苦戦して いる一方で、民間医療保険市場が急速に拡大している。この 2 層構造の制度 第7章 主要な問題と今後の段階 71 では、カバー範囲の公平性が損なわれる恐れがある。タイとトルコは、公的 財源を通じて多額の資金を確保することで民間保険の役割を制限しているが、 その結果、政府予算への増加圧力が高まっている。 グループ 4 の国 このグループの 2 カ国、フランスと日本は、UHC 達成後の歴史が長く、 制度が確立されているが、技術の急速な発達、人口高齢化、そして厳しい財 源により新たな制度上の圧力が生じている。この圧力のために、保健医療シ ステムのパフォーマンスを向上させ、コストを管理し、公平な UHC を維持 する方法を模索しなければならなくなった。フランスは、財政的な制約とコ スト抑制に取り組んでおり、日本は、カバーされていない人口が、多くはな いものの増加傾向にあり、保険料率の格差も拡大している。どちらの国も改 革措置を検討している(既に着手しているものもある)。両国の経験は、経済・ 人口構造が変化する中で UHC を維持するには、継続的な調整が必要である ことを示唆している。 次のステップ UHC は、低所得国の貧困を軽減し、貧困層の保健医療需要を満たしてく れる。UHC の潜在能力を発揮するためには、確固たる制度基盤とガバナンス を備えた順応性のある保健医療制度、UHC がもたらす機会を活用するビジョ ンと UHC を支える意志を持ったリーダーが必要である。そして、制度的弱 点と利害団体のポリティクスに対するチェック機能として、アカウンタビリ ティと透明性を追求する市民社会の参画を得る必要がある。政策専門家によ る施策は、上記の点やその他の政治経済的課題を考慮した慎重な戦略的計画 と整合性を持たせなければならない。 世界銀行グループは、日本政府やその他のパートナー政府の支援により、 各国が情報を得た上で、UHC の達成に向けた投資を行うことに協力している。 この課題を推進するため、多くのイニシアチブやアクションが提案されてい る。世界保健機関(WHO)と世界銀行グループは、緊密に協力し、UHC 達 成に向けた進捗を評価するための枠組みを策定している(WHO  and  World  72 Bank  2013)。UHC に関する世界銀行研究所フラッグシップコースなどの講 座を通じて、政策立案者と政策アナリストを対象とした研修や能力開発プロ グラムが提供されている。各国がどのような技術支援や情報を必要としてい るかを明確にし、各国間で知識や経験を体系的に共有するための共通の学習 基盤構築および実践活動への支援も行う。 本プログラムの最終目的は、各国が独自で優先事項を設定し、UHC 達成 に向けた進捗を評価できるよう支援し、各国間の効果的な学習を促す知識基 盤を提供することである。日本と世界銀行の UHC に関する共同研究プログ ラムの一貫として研究した各国の経験から、UHC の達成が複雑なプロセスで あり、問題を伴い、達成には多くの手法が存在し、いくつもの落とし穴が存 在しうることが分かっているが、それでも実現可能である。唯一の解決策は 存在しない。しかし、各国はより周到に準備でき、それにより成功の可能性 が高まる。UHC に対する政治的コミットメントと政治経済面の課題を明確に 理解することから始めれば、カバー範囲拡大を目指す改革を長期的に持続性 のある形で実施できると考える。 参考文献 WHO  and  World  Bank.  2013.  “Monitoring  Progress  Towards  Universal  Health  Coverage  at  Country  and  Global  Levels:  A  Framework.”  A  discussion  paper.  www.who.int/healthinfo/country̲monitoring̲evaluation/UHC̲WBG̲ DiscussionPaper̲Dec2013.pdf. 73 本 書 は、 世 界 銀 行 か ら 2014 年 に Universal  Health  Coverage  for  Inclusive  and  Sustainable  Development: A Synthesis of 11 Country Case Studies として出版された、英文の原文を和訳し たものである。本和訳と原文とに相違する記載がある場合には、全て原文が優先する。本書の分析 結果、解釈、結論は、世界銀行やその理事会、あるいは世界銀行が代表する国の見解を反映したも のではない。世界銀行は、本書中にあるデータの正確性を保証しない。また、地図にある境界線、色、 名称、その他の情報は、いかなる領土の法的立場に関する世界銀行の判断、もしくはその境界線の 容認を示すものではない。 This work was originally published by The World Bank in English as Universal Health Coverage for Inclusive and Sustainable Development: A Synthesis of 11 Country Case Studies in 2014. In case of any discrepancies, the original language will govern. The findings, interpretations, and conclusions expressed in this work do not necessarily reflect the views of The World Bank, its Board of Executive Directors, or the governments they represent. The World Bank does not guarantee the accuracy of the data included in this work. The boundaries, colors, denominations, and other information shown on any map in this work do not imply any judgment on the part of The World Bank concerning the legal status of any territory or the endorsement or acceptance of such boundaries. 包括的で持続的な発展のための  ユニバーサル・ヘルス・カバレッジ  11 カ国研究の総括 2014 年 10 月 発行 著者  前田明子、エドソン・アロージョ、シェリル・キャッシン、 ジョセフ・ハリス、池上直己、マイケル・ライシュ 発行所  (公財)日本国際交流センター   〒 106‑0047 東京都港区南麻布 4‑9‑17   TEL: 03‑3446‑7781 FAX: 03‑3443‑7580 E‑mail: books2@jcie.or.jp 表紙写真  ©Curt Carnemark / The World Bank (日本語タイトル:パトリック石山) 表紙デザイン  Debra Naylor, Naylor Design  印刷・製本  (有)山崎印刷 レイアウト  パトリック石山  Universal Health Coverage for Inclusive and Sustainable Development: A Synthesis of 11 Country Case Studies Copyright © 2014 by International Bank for Reconstruction and Development/ The World Bank Group Printed in Japan ISBN 978-4-88907-140-5c